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エピローグ:新しい一歩を

 涼しい風を感じながら、街道を往く。

 私は遠のいていく背後のグラン王国首都を振り返り、隣を歩くノアくんに尋ねた。

「ねえ、良かったの?」

「え?」

聞き返すノアくんに、私は数日前の出来事を言った。

「王様に、“王家召喚師”の資格を貰わなくて、本当に良かったの?」

そう、ノアくんは、王様のご褒美の申し出を丁重に断ったのだ。


『僕は──王家召喚師にはなりません』

あの言葉には、私もお兄さんも、王様までもが心底驚いた。

 そしてノアくんは申し訳なさげに頭を下げ、続けたのだ。

『その代わり、世界を旅することをお赦し下さい』


「はい、いいんです。王家召喚師になってしまえば、グラン王国から気軽に出ることは難しくなってしまいますから」

ノアくんは眉をハの字にして笑う。

「幸い、アズナヴール家は兄様が守ってくださいます。僕はそれに甘えて、自由に旅をしてしまおうかなと思ったんです」

「でも、ずっとなりたかったんでしょう? 王家召喚師。どうして急に旅をしようと思ったの?」

「それは……あ、あそこの丘、景色がいいんですよ。ちょっと行ってみませんか?」

ノアくんに手を引かれ、街道を外れる。


 なだらかな丘を登り切ると、グラン王国の首都がよく見えた。

「ほんとだ、景色いいね」

「……こうしてみると、巨大なグラン王国の首都だって、世界のほんの一部なんだなと思ったんです」

首都を眺めながらそう言うノアくんの横顔は、どこか大人びた気がして、私はつい目が離せなくなってしまった。そうしていると、ノアくんがこちらを向く。自分の心臓が跳ね上がった。

「ハヅキさんのおかげですよ」

「えっ?」

ノアくんが微笑む。いつもの柔らかくて、優しい笑顔。私はなんだか胸が締め付けられる。どうしてしまったんだろう、私。

「ハヅキさんが、僕の知らなかったことを、知らなかった景色をたくさん教えてくれたんです。だから……これからも貴女と一緒に、知らない世界を見てみたいと思った」

「……」

ノアくんはすっと片膝をついた。ローブの中から小さな箱を取り出す。ジルさんにもらっていた、あの箱。

 ノアくんは箱を開け、私に差し出した。

 そこには、銀色にきらめく指輪が入っていた。

「ノア、くん……」

さすがの私も、この後何を言われるかが分かってしまう。どうしてだろう、胸が一杯で、苦しくて、でも嫌な感じじゃなくて。気がついたら私は、目にたくさんの涙を溜めていた。

 ノアくんはとても優しい声で、私に言った。


「ハヅキさん、僕と結婚して下さい。召喚獣としてではなく、ひとりの女性として、僕は貴女が好きです」


 まばたきをしたら、涙がこぼれ落ちてしまった。これは嫌な涙じゃない。とてもとても嬉しい、嬉しくてしょうがない涙だ。


「愛しています、ハヅキさん。──これからも、僕と一緒に生きてくれますか?」


 私は思わず、ノアくんに抱きついた。

 そうだ。私は、いつも優しくて一生懸命なノアくんから目が離せなくなっていたんだ。ずっとこのひとを見ていたいと、ずっとそばにいたいと、そう願っていたんだ。

「……っ、うん……うん!」

私はノアくんが好き。大好きなんだ。

「あはは、よかった……!」

ノアくんも涙声で、私の背中をぽんぽんと叩いてくれた。いつも私が彼にするように、優しく、愛しさを込めて。


 しばらくそうしてから、ノアくんは私から身を離し、指輪を手に取った。私の薬指にそっとはめてくれる。

「ジルさんが教えてくれたんです。左の薬指は、愛と絆を深める、聖なる誓いの意味があるそうです」

「ふふ、うん」

「ご存知でしたか? さすがですね、ハヅキさん」

私は、はめてくれた指輪を陽にかざす。銀色が美しい。サイズがぴったりなのは、ジルさんの観察力のおかげかしら。

「ありがとう、ノアくん」

涙を拭いながらお礼を言う。

 私たちは並んで座り、グラン王国の首都を眺める。肩を寄せ合い、手を繋いで、幸せな気持ちに身を任せていた。

 すると、ノアくんがもじもじとし始める。どうしたのだろう。不思議そうに顔を覗き込む私に、ノアくんは耳まで真っ赤にしながら、ぽそぽそと言う。

「あの、ジルさんにもうひとつ教えてもらったことがあって……その」

「? なあに?」

「海外では、ち、ち、誓いの……その、あれがあるそうで……」

あれ。言い方がなんだか面白いな。

 この流れで、誓いのあれ。私はひとつしか思いつかなかった。

「ノアくん」

彼の名を呼ぶ。ノアくんははいっと顔をあげる。

 その瞬間を狙って、私は彼の唇に自分の唇を重ねた。

「……っ!!」

ノアくんの手が少しのあいだ中途半端に宙に浮いたあと、おずおずと私の肩に触れる。

 少し長めに唇を重ねたあと、私はゆっくり身を引いた。

「こういうことでしょ?」

ノアくんに、にやりと笑って見せる。

「っ、ぅう、そ、そうですぅう」

ひぇえ、と耳と首まで真っ赤にさせ、ノアくんは両手で顔を覆った。こういうノアくん、なんだか久しぶりに見たような気がする。

「やっぱりハヅキさんには敵わないです」

「うふふ、お姉さんだからね」

私はよいしょ、と立ち上がり、ノアくんに手を差し出した。

「さあ、行こう、ノアくん」

「はい!」

ノアくんは私の手をしっかりと握る。


 私たちは手を繋いで、ふたりで一緒に、新しい一歩を踏み出したのだった。

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