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アレックスは丁度1年前に念願の王宮騎士になった。
私の3つ上でエイブリン侯爵家三男の彼は幼なじみであり、魔術学園に通うことが許されなかった私の魔法の師だった。
彼は誰にでも公平で優しく、女なのだから魔法よりも外見を磨き教養を身につけろとばかり言うものたちの中で、唯一私に魔法と剣を教えてくれた。
口癖のように「得たもの全てがあなたの力になる」と言い、決して王族だから、女だからと手を抜かずに懇々と私に向き合ってくれた。
いつしか私は彼を異性として好きになり、4年前アレックスに「王宮騎士になったら結婚して欲しい」と告げられた時は情けなくも涙を零した。
私たちの婚約は公にはされていなくても父や母、エイブリン公爵夫妻にも容認されている事だし、結婚だって勇者達の旅が終わり民が落ち着いたら取り掛かろうとしていたのだ。
……それなのに、何故。
アレックスは短く揃えられた黒髪をくしゃりと握り、金色の瞳を歪めた。
「ジリアン様、……いやジル、何故このようなことに」
「本当にごめんなさい。私も何が何だか分からないの」
「正直、いかに神託であろうと納得できない」
アレックスは金色の瞳を細めてため息をついた。
「ええ、私もよ……」
「百歩譲って、神託だと言うのなら何故君と勇者が出会った3年前に授からなかったんだ。なぜこんなタイミングで……」
「本当に。聞きたいことは色々あるのだけれどそれを聞ける状況ではないみたい」
私は神職でないからよく分からないけれど、そもそも神託というのはそう易々と得られるものでは無い。
それに神託は大抵、国の行く末を憂うもので何年後に祝福の子が生まれるとか、何年後に天災が起きるとかそういったとてもぼんやりとしたものだ。
誰と誰が結婚しなければ災いが起こるなんて、そんな具体的で限定的なもの今まで聞いたことがないし、それにそれならば普通私と勇者が出会った時にあるはずだ。
私と勇者はもう既に互いを知っているしその上で特に何の会話や関わりもなく3年を過ごした。
それで今更、結婚しないとーなんて不自然に思える。
当然私も国王である父も、勇者さえもその疑問を教会側に訴えたが、具体的な神託を授かることができるほどこの度の聖女の力が強いのだと強く押し切られて終いだった。
肝心の聖女に聞こうとしても彼女は悲痛そうにすすり泣くばかりだし、質問しようとすれば勇者が守るように間に入りこちらを睨みつけてくるのだ。
教会の人間や城のメイド達すら、まるで私が彼女を泣かしたかのように避難の目を向けてくるし、それ以上は何も聞けなかった。
ただことの当事者として質問したいだけなのに、なぜ私が悪者のようになるのか。
「神殿内の友人にも聞いたのだけど、ロエリーアの泉は今回の神託についてなんの関与も無いらしい。ロエリーアの泉を介さない神託なんて、前代未聞の上、聖女以外の誰も神託を共に聞いたものが居ないらしいんだ」
「え! そうなの?」
アレックスは厳しい顔のまま頷き私の手を取った。
側でお茶の用意をしていたカーリーも目を丸くしてこちらを凝視していたが、アレックスの物言いたげな視線にハッとしたように顔を背ける。
教会内で一番大きな施設である神殿にはロエリーアの泉という場所がある。
絶えず湧き続ける銀色の泉はロエリーア神がこの国を見渡し、またロエリーア神の意志を伝えるためのものだといわれていて、神殿に所属する神職のものは毎日数回そこで祈りを捧げそして通常、全ての神託はその瞬間に授かるものだ。
常に数人が配置され祈りを捧げる泉に1人きりだなんてことはありえない上、泉以外で神託を受けたなど聞いたことがない。
だとすればそれをどう信託だと認識できるのか。
アレックスは頷き、はぁとため息をついた。
「彼も同じくそれほどに聖女様のお力が強いのだと神官たちは言っていたと。しかし彼自身は懐疑的であるようだった」
「それはそうでしょうね……それに聖女様が神託を受けたのってこれが初めてのはずよね」
「ああ、他には1度も無かったな。そもそも勇者と共に旅に出ていたのだから泉に祈る機会もそう無いはずだ」
「彼女はなぜ、ロエリーア神の神託だと確信したの? 普通なら信じたくないはずよだって、自分の結婚する予定の人を差し出すのだもの」
「ああ、全くだ」
力強く頷いたアレックスに私も頷き返した。
「……どうにかして、聖女様とお話しなければいけないわ」
「ジル、協力は惜しまない。だが、危険なことはやめてくれ。君はいつだって真っ先に危険に飛び込もうとする」
アレックスはそう言って私の頬にそっと触れてから眉を下げて笑った。