97.
今、わたしはどんな顔をしているでしょうか。それが最初の関心でした。もしも今わたしの顔を、隣に座っている皆さんに見られたら。そして極度に心配させてしまったら。告げられた事実はわたしに大きな衝撃を与えるものであるはずでしたが、大きな懸念は意外にもそれだけでした。
「ちょっと待ってよ」
ハーツさんが割り入ります。
「あたしも含めて、ここにいる全員がもうマリーと結構長い付き合いなのよ。そりゃあ確かに、気付かないなんてこともあるのかもしれないけど……」
「生物の分類として人間とは明らかに異なる、という話じゃ。体の中に赤い液体が流れていたとしても、きっと鉄の味ではないのじゃろう。人間でないからといって、人間らしい振る舞いが出来ぬわけでもない。むしろ積極的に行動を学習して、殆ど人間と区別がつかぬ段階にまで達するらしい」
「そういうことじゃなくて、というか、そうだとしても、その……」
ハーツさんは言葉を詰まらせていました。その気持ちの先にはわたしへの気遣いがあるのでしょうか。たとえば劇的な過去を持ち、重大な使命を抱き、その全てを忘れ、そしてここに呼び込まれたのだとしたら。きっと今、ハーツさんや皆さんがわたしを見る目が変わってしまうのだろうと感じられることもなかったのでしょう。
わたしは、平たくはただの材料でした。アムシースの人間から狙われるのも、材料として必要だからと考えるのがとても素直です。旅の始まりの棺は、材料を安置するための設備だったのかもしれません。記憶を失う前、わたしには肩書きも背負うものもなく、ただ、消耗品に近い意味しか持たない存在だったのでしょう。為すべきことも、与えられた使命も何も無い。人形が偶然動き出して、偶然この街までたどり着いてしまっただけです。
けれど、今はそんなことよりも、わたしの脳裏は周りに座った三人の感情のことで埋め尽くされていました。だからか、咄嗟にわたしは、手を合わせて、安心した旨を声に出したのです。
「……マリーちゃん……?」
そう、わたしは安心した。そうですわたしはこれを安心すべきなのです。長い旅の果てについにわたしは目的を果たした。得られた事実から推測するに悪党や逆賊には該当していない。出自がわたしの今の友人関係に直接的な亀裂をもたらすものでもなかったのです。謎の解読に助力いただいたオスカー師には感謝の気持ちを伝えなければ。もちろんここまでの道のりにも付き添ってくださった皆さんにも。
「マリー君」
わたしが連ねる言葉を絶って、オスカー師が呼びかけます。
「これは、君の身体的特徴が人間とは異なるという話じゃ。急病の対処方法等が異なる可能性がある……その点を思えば把握しておくに越したことはない。その一点にかかわることじゃ」
髭を揺らし、重く。
「わしの眼には君は――」
理解しています。わたしは言葉を遮ってそう言いました。どうせ分かりきっていることです。
「……これ以上わしから語り付け得る言葉はないのじゃろう」
オスカー師はそう告げました。
「アングレカよ。二階の客間まで、案内を任せられるかの」
「かしこまりました」
「すまんのう。案内が終わったら今日は自由になさい」
アングレカさんはわたし達を扉の方へ誘導します。端のウォーレンさんが立って、アルカさんが付いて行って、わたしもその後に続き、
「二人」
そこでオスカーさんが呼び止めました。ウォーレンさんとハーツさんを示して、
「二人はもう暫く残ってくれんか」
広いお屋敷で一人一部屋ずつを貸し与えられることもできたのでしょうが、四人が入り切る大きな一間にわたし達は案内されました。
「何か御用がございましたら、一階の自室にて待機しておりますのでお訪ねください。部屋の場所は……」
それから一通りの部屋の備品についての説明も終えた後、アングレカさんは一礼の後に部屋を後にしました。これまで泊まったどのお宿よりもふかふかなベッドが二つ。真っ先にわたしの目を奪い、両の手を広げてその片方に飛び込みました。
「マリーちゃん」
もう片方に腰を下ろしたアルカさんが木杖を壁に立てかけて、
「さっきの話さ……なんというか、ショックじゃ……なかった?」
おずおずと聞かれるあたり、やっぱり心配されていたようで、申し訳ないです。わたしは大丈夫です。思ったよりも拍子抜けた自分の真実という感じもしましたが、知れてよかったと考えています。もしかすると、その程度のことのためにこんな旅に付き合わされていたのかと思ってしまったかもしれませんが……。
「い、いや!そんなことは全然ないんだけど、だけどさ……もしも僕だったら、ちょっと……いや結構悲しいっていうか……だってさ、その……」
わたしは身体を起こして、アルカさんに向き合います。もちろん、少しは衝撃的でした。それは事実だと思います。物語で言えば一つの裏切りであり、それが現実に起こるというのは即ち常識の崩壊です。けれど、いざ通り過ぎてみると思ったよりも呆気ないというか、むしろ、失礼なことにもわたしは話半分に聞いてしまっていたのかもしれません。
「うぅ……気にしてないなら、僕たちがやいのやいのと言うことの方が違うのかもしれないけれど……」
本当に、すっと自分の中に入り込んで、そしてすっと喉を通り過ぎたからこそわたしは自分よりも人の心配を先にしたくらいなのです。体感してみればわかるのかもしれません。取り返しのつかないことを防ぐ可能性があるならば、そのためにもやきもきするのかもしれません。しかし、事はもう、わたしの内側で起きて、そして事実として既に手を施すこともできないもの。気を回すだけ仕方ないものです。
「……それは……そう、だよね……」
アルカさんは両手を揉んで、
「……いや!」
急に、わたしの両手を掴み取りました。
「お節介かもしれないけど……でも、自分の気持ちにはちゃんと正直でいるべきだよ。悲しいとか、苦しいとか……そう思ったら僕とか……僕が頼りないって感じたらウォーレンさんとかハーツちゃんとかに言ってよね!」
顔を近づけられてわたしは圧倒されます。もしかしたら感情を隠しているかのように気取られたのでしょうか。でも確かに、思えばわたしの考え方はどこかわたし自身のことを置き去りにしたような口ぶりだったかもしれません。本当に、本当に大丈夫だと思っているだけに、要らぬ心配をかけてしまっているようで申し訳ないです。
お気遣いはとてもありがたいです。ですが、わたしは今何も問題ありません!もしも、不安なことや困ったことがあればいつでも頼らせてくださいね。
「……っ!うん、絶対ね!」




