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91.

 トーマス、そしてガレア……聞き間違いでしょうか……?老人は杖を持たない方の手でウォーレンさんの肩を叩き、

「いやはや、何年も手紙も寄越さんもんじゃから、どうしたもんかと思っておったわい!どうじゃ、豪炎魔法は完成したのか?」

「……その、だな……」

 ウォーレンさんは返答に困っているようでした。事前にウォーレンさんから聞いた噂話の通り……の、振る舞いです。もちろんそれは、トーマスさんはこの場におらず、ウォーレンさんもこの村を訪れたことがないことから明らかとして良いでしょう。

「ガレア、お前もよぉ息災でおったのぉ!トーマスは手のかかる奴じゃったし、さぞ苦労したろう?」

「えっ?あ、あぁそうね。まぁ……」

 ハーツさんとしても濁し気味の返答をしました。本当なら自分はガレアという名前ではないと真実を告げてしまうべきなのかもしれません。しかしおそらくこのご老人こそが、わたしがカンランを目的としていた……『彼』が旅の終着点に配置した人物です。さっと流しましたが魔法に関する言及もありました。間違いありません。ただ、ここでこのご老人の返答を妙に否定から入ってしまって、不審がられたり悪印象を抱かれたりしたら困りものです。むしろわたし達に好意的に接してもらえている今は好機と見てもよいくらいです。隣のメイドさんへ交渉が望めないのです。ご老人に、全く無縁な人間と受け取られたらますますのご破算というものでしょう。

「ところで……ひょっとするとこっちの二人はまさか……?」

 老人はわたしとアルカさんの方を見ます。思ったよりも期待するように見られていますが、えっと、その、わたしも分かりやすく何らかの名前で呼んで欲しかったところなのですが……。ウォーレンさんとのつながりはまだしも、トーマスさんとのつながりは全くありません。

「……私達の……こ、子どもだ」

「ウォーレン!?」

 かなり泳ぎ目で言ったのもあって分かりやすいでまかせです。聞き捨てられなかったのかハーツさんは大声で、はっきりこの黒いコートの人物の名前を叫んだはずなのですが、ご老人には都合のいい方しか聞こえていないのか、

「おお……本当か……!そうか、そうか……」

 なるべく黙って迷惑になるまいとしていたアルカさんの頭に、ご老人はその皺を刻んだ手を置くと、

「わしの子供の様に大事に育ててきた二人がのぉ……そうかそうか……」

 感慨深そうに息を漏らしています。

「お、おじいちゃん!僕はアルカって名前なんだ!よろしくね!」

 隣のアルカさんが抜け駆けしました。わたしも遅れまいと自分の名を名乗ります。

「ほぉ……アルカに、マリーと……おぉ……なんだか、本当の孫を持った気分じゃなぁ」

 老人は嬉しそうに自分の白い髭を撫でます。

「トーマス、ガレア。改めて、よくぞ戻ってきてくれた。さぁさ、こんなところでずっと立ち話も疲れるじゃろう?中でゆっくり土産話でもしてもらえんか」

 ご老人はわたし達に背を向けると、

「アングレカ、先に応接間まで連れて、茶を出しておきなさい」

 その言葉でアングレカという女中さんは、くっと顔を上げます。

「……旦那様」

「おい、何をしとる!早くせんか」

 杖の先が石畳に打ち付けられてカツッ、と高く音が鳴ります。ご老人はおそらく自身の可能な限りの怒声でメイドさんに命じ、その様子からアングレカさんはすぐに、

「……かしこまりました」

と言って自分のご主人様に深々とお辞儀をしました。ご老人はそのまま館の扉の中へ入り、

「皆様、こちらへ。ご案内します」

 アングレカさんに誘導されます。

「どうする?」

 アルカさんが小声に尋ねます。

「……少なくとも私達は、この機会をみすみす逃せる程の悠長さはない」






 エントランスから廊下に至るまで、屋内もそれはそれは整った造りをしており、朱い絨毯の長さを考えているだけでも本当に日が暮れるのかもしれません。わたしたちはアングレカさんの背を追ってそのままいくつかの扉を横目に奥へ進みます。アングレカさんも何か話してくださったのであれば、会話が弾むことはなくともさすがに緊張感や気まずさは取り払われたのかもしれません。気が付けば日が斜めに差す時間です。夕闇に呑まれるまではまだ先でしょうが、今日はこのお屋敷でご厄介になるのでしょうか。

「ねぇ」

 アルカさんから声を掛けられます。

「僕、結構不安なんだけど……」

 不安……ですか?

「と―ぜんだよぉ……なんというか、さっきは館に入れてもらうためにちょっと演技っぽいこともしたけど、なんというか申し訳ない気持ちにもなっちゃったし、それにあの様子じゃ、もしかすると話を聞いても……」

 その不安も、分かります。あの状態のままでは真っ向からわたしのことをお聞きしても正常な回答が得られるかどうか定かでありません。でも、わたしはもう少し別の部分で不安を感じるべきなんじゃないか、そう思うのです。

「別の部分?」

 確証はありません。はっきりと言い切れません。ただ匂いだけでしたけれど、あのご老人は……。

「……嘘をついていた、気がするって……?」

 こくりとわたしは頷きます。

「え、で、でも……どのあたりが……?」

 どのあたり、というと難しい話です。もちろん、考えと真逆のことを言っていた、というだけならひどくどうでもよいことです。元よりあのご老人からわたし達に対する言及の全てが的を外しているのです。トーマスさんのお勉強していた魔法が炎の魔法だろうと水の魔法だろうと、そんなことならむしろやすいものです。でも、その意味の嘘でなく、騙る、偽る……それらを目的とした嘘だったとしたら……そうなれば、あるいは演技をしていたのは……。

「待て」

 わたしの思考は、ウォーレンさんのその一言で中断されます。わたしだけに向けた言葉ではなく、ハーツさんやアルカさんにも向けられた指示のようでした。足を止めると、先導するアングレカさんもそれに気が付いて振り返ります。

「如何がなさいましたか?お手洗いでしたら、先程の角を左に逸れてすぐ右の……」

「ハーツ」

 アングレカさんの説明を無視して、ウォーレンさんはハーツさんの顔を見ます。ハーツさんは黙って、肯定を意味して頷きました。

「……素人のようだな」

「何のことでございましょうか」




「殺意を圧し殺し切れていない」

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