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90.

 『彼』からの言伝には「カンラン」という地名の他にも、「大屋敷」という単語も含まれていました。そして「大」と誇張するだけはあって当然どのお屋敷のことなのかすぐに判別がつきます。何しろ小さな村です。広い敷地に高い塀と大きな館を構えた構造物は唯一つに決まります。その一方で、言伝の中にはそれ以上の情報が含まれていなかったこともあります。どのような方が住んでいて、何が、もしくは誰がわたしの正体に関する事実を握っているのか、それすら不透明なままに訪ねるように仕向けられているのです。

 その点を用心したウォーレンさんが、いつもの通りと村の人へ聞き込みを行なってくださっています。

「ここまで来といて、マリーが出会ったその人が仕掛けた罠だった……なんてことは流石にないと信じたいわね」

「うーん……流石に誘導が遠回り過ぎるし、大丈夫だと思うけどなぁ……。でも、全然情報を落としてくれないってのも怪しいポイントだよね」

 目的地が他にないからこそ、わたしはこの村を目指しました。表が出ても裏が出ても、いずれにせよ何かにはぶつかるはずだという確信を持つことはできます。そうすればきっとわたしの秘密に繋がるはずです。危険があってもお宝が欲しくば、ドラゴンの巣に飛び込む必要も結局いつかは生まれるでしょう。今更と言えば今更です。

 ただ当のわたしはと言えば、そんな皆さんの懐疑心は頭の中になく、ただ期待感とそれに付け足される不安感のど真ん中にいました。ついに、ついにわたしの自分のことを知ることができる……けれど、知ってしまうことがどんなことを引き起こしてしまうか分からない。何が待っているのか分からないなら、そのまま蓋をしたままにしておく方がいいんじゃないか。知りたいけれど、知りたくない気持ちもある……そんな半々な感覚です。怖いもの見たさの心の躁ぎが近いのかもしれません。よって、他の人の思惑は関心の中心にありませんでした。

「あ、帰ってきたよ」

 コツコツと足音が近付き、お馴染みの黒色のコート姿がわたし達の前に戻ります。

「どうだった?」

 その質問に、ウォーレンさんは難しそうな様子を見せていました。

「その、館の主人についてなんだが……」







「でぇーっかいお屋敷だねぇー!一周するだけで日が暮れるんじゃない?」

「さすがに言い過ぎだけど、でも、あたしもこの大きさの豪邸はそう見たことないわ」

 遠景にその存在感を見せていた豪邸はただのハリボテではなく、取り囲む塀も綺麗な装飾の付いた窓と外壁も、間違いなく本物です。汚れは少ないものの建物としては古く、鉄柵には年季が入っています。古城、というほど城の佇まいではありませんが、ひと時代昔のおとぎ話に入り込んだかと錯覚します。ここに住んでいれば誰でもお姫様気分を味わえるというものでしょう。ただし、今回のわたし達はお姫様ではなく訪問客側です。石塀が途切れる場所に館の正門はあり、訪問客としてはそこに備え付けられた呼び鈴を鳴らすことが事始めとなります。ただ……

「……誰も、いないのかな?」

 人の気配がありません。これだけ大きな居を構えていることですし、お手伝いさんなんかがたくさんいるものだと思っていました。呼び鈴なんて鳴らすこともなく気がついてもらえたことでしょうに。……幽霊屋敷だったり……?

 ウォーレンさんが呼び鈴で金属の高い音を鳴らします。数秒遅れて館の扉が開きました。幽霊屋敷ではないようです。反応があっただけでもほっとしてしまいます。中からは女性が一人歩いてきます。給仕服に身を包んでいることからこのお家での職柄ははっきりと分かりました。

「どちら様でしょうか」

 凛と立つその方はハーツさんと丈を同じくするくらいで、しかしハーツさんとは異なり、手をおヘソのあたりで重ねて微動だにしません。服が職務を全うしているかのようです。

「この館の主人に尋ねたいことがあって来た。話すことはできないだろうか」

「旦那様からは不審な方はお通ししないよう申し付けられております。失礼ですが、旦那様とどのようなご関係ですか?」

「この子のことを、聞かされていないだろうか?」

「……主人から申し付かってはおりません」

 わたしを見てから、きっぱりと女中さんは答えました。関係、と言われると困ります。そりゃあ、呼びつけられたわけですから無関係なはずもないのですが……となれば呼びつけた本人、『彼』の準備不足でしょうか。わたし達が訪問することをこの人達は知らなさそうです。

「……私達も、そちらの主人とどういった関わりがあるのか把握できてはいない。しかしこの子が、何か強く関係していることは確かなはずなんだ」

 そう言ってウォーレンさんはわたしの肩に手を置きます。とにかく、屋敷を訪ねるというこの一点を達成できなければ始まりません。訪ねて突っ返される事が目的であるはずもないでしょう。

「……私の一存では皆様を当館にお招きすることはできません」

「どうにかできないだろうか」

「申し訳ございませんが、素性の知れない方を旦那様にお会いさせるわけにもいきません。ご理解願います」

 ウォーレンさんは頭を抱えます。事前に手紙などで訪問をお知らせするなどすべきだったでしょうか。いや、この様子はその手の事前準備で解決するようなものでもなさそうです。

「領主とかそういう人ならこの態度はまぁ……当然っちゃ当然ね。面倒ごとを屋敷の中に持ち込んでいいことなんてないし、そのためにこんなでかい塀を作ったりもするわけだし」

 ということは、ここに住んでいる方も領主さんということなのでしょうか。実際、どこの馬の骨かもわからないわたし達です。それこそ、そもそも思い返せばどこの誰とも付かない不思議な集まりでもありますし、それを受け入れてくれたベリルマリンの懐が深かったのでしょう。

「……」

「……ウォーレン」

 ハーツさんがウォーレンさんのことを肘で小突きます。

「強引な方法は辞めといたほうがいいわ。こういう時に横着すると敵に回すものの方が多いから」

「……分かった」

 ウォーレンさんは自分のコートの内側から空っぽの右手を取り出して、その手で質問を投げかけます。

「しかし……ならばどうすべきだろうか」

「まぁそうよねぇ……うーん……」

 わたし達が困って立ち往生しようとも、女中さんは意に介さず門番としての仕事を全うします。この館の主人にわたしという存在を面白く感じてもらうなり、何とかして関心を持ってもらうまでするのが早道でしょう。しかし、だからといって何をすればいいでしょう?村でひと踊りしてみるとか、揉め事を解決してみせるとか……でしょうか。あるいは、わたしが透明になって潜り込む、なんてどうでしょう。このお手伝いさんの態度が固いだけで、本人に会えばすんなりと招いてもらえるかもしれません。あまり良い方法とも思えませんが……。

 透明化による活路を皆さんこそっと提案しようした時、館の扉が再び音を立てて開きました。わたし達に吉報を告げる為と思っても無理はないでしょう。中から現れたのは一人のご老人。カツン、カツン、と空気を刻むように杖をつき、足取りも厳然としています。推測するに、この方がこの屋敷の主なのでしょう。皆さんの視線がすべてこの一人に集まります。

 この状況を好転させる何かを望むわたしたちに向けて、ご老人はこう言いました。

「……おお!トーマス、それにガレアじゃないかぁ!二人とも健在で何よりじゃ!」

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