88.
「アルカが……確か、探しの魔法……だったか。それで君たちを夜通し探して、何とか見つけてくれた。かなりの距離を流されていたが、半日ほどでこうして合流にまで辿り着けたのは彼女の功労が大きい」
「……そうなんだ」
牙を抜かれたようにおとなしいハーツさんは、ウォーレンさんの言葉に相槌を打つばかりでした。昨晩のような気持ちの沈みを感じているのではなく、緊張状態が解除された反動で強い安心感を覚えているのだと思います。確かに、ウォーレンさんのお背中の安堵感には死線を潜った猛将さえも鞘を収めてしまうのかもしれません。
「マリーも、本当によく頑張った。焚き火の痕跡があったが、あれは君が用意したのか?」
はい!ウォーレンさんの言葉を思い出しながら頑張ってみました!
「そうか……子供の成長は早いと聞くが、聡い君は特にそうなのだろう」
黒手袋の左手が並び歩くわたしの頭の上に置かれます。このご褒美があるならば、毎食焚き火をわたしが用意するというのでも問題ないくらいなのですが。
「ハーツも、改めて礼を言わせてほしい」
「えっ、いや……あたしは、その」
ハーツさんは自分に話しかけられることを想定していなかったのか、ややうろたえた後、
「ほら、結局……このザマだし。感謝されることなんて……」
照れ隠しか、誤魔化しか、とにかく咄嗟に出た自虐的な言葉だと思われます。
「手負いになるまでのことをしてくれたんだ。仲間として……そしてマリーの命の恩人として、できるなら私の感謝は受け取って欲しいと感じる」
卑下する言葉はどうやらウォーレンさんには通じず、むしろ真っ直ぐに言葉を投げかける程です。
「……」
黙ってこくんと、頷いたように見えました。
森を抜けて平原に至り、草の丈が低い場所は所々土が露見していました。川沿いをその源を目指すよう歩き、雲が流れ、陽が中天をなぞって動くくらいに差し掛かると、ウォーレンさんが歩みを止めます。
「アルカ」
名前を呼びます。わたしはその周囲を見回します。ちょうど船での横断を試みた地点のような気もします。似通った風景が他にいくらでもあるため自信はありませんが。
拍を一つ、その後、何もない空間が急に縦に裂け、その中からアルカさんが顔をのぞかせました。
「ウォーレンさん!よかった……二人ともちゃんと見つかったんだね!」
見えない布でテントが組まれているようで、中にはわたし達の荷物や、アルカさんが作ったのであろう魔法陣なんかが見えます。まさに拠点というわけです。
「ああ。疲れているところ申し訳ないが、もう一仕事、頼めるか?」
アルカさんは背負われたハーツさんを見て頼み事の内容を察したようでした。
「まっかせて!」
以前自信がないと仰っていた割には、アルカさんは手際よく準備を整えました。わたしは手当の様子をすぐそばで見させてもらい、治療魔法の使い方や考え方を勉強します。
「基礎還治」
頼んだわけではなかったのですが、力の流れや考え方もアルカさんが都度説明してくださりました。施術中ということもあり流石に簡単な説明だったもののわたしにはもったいないくらいです。
「骨折なら、これでしばらく動かさずに安静にしておけば元通りだよ!……多分」
「多分って……」
「多分は多分だよ。机の上と実践はまた別なんだから」
アルカさんの医療経験は以前のテトラさんの銃創がありますが、他は流石に皆無でしょう。やむなしです。
「もう大事ないか?」
ウォーレンさんがテント布をめくって顔をのぞかせます。ハーツさんの身体がびくりと跳ねました。
「え、えぇ!これであとはしばらく待っとけばいいって」
「待つって言っても、一日も待たないくらいで大丈夫だけどね!」
すごいです!骨折という外傷の完治まで通常ならどれくらいの時間を要するかを存じ上げないのですが、それを遥かに凌駕するスピードでの回復速度のはずです。つい先ほどまで重体だったハーツさんの様子を知っているだけにこんなにもいとも容易く。アルカさんの治癒魔法の力に驚かされます。
「まぁ、実際にすごいのは魔法ってより人の身体なとこが大きいけどね」
そうは言いつつも鼻を鳴らしているところはアルカさんも自分の力を自慢に思っているのでしょう。
「そうだ、先に……これを君に」
テント内は狭く、四人目が入る場所を確保できません。ウォーレンさんは垂れ布を肩にかけたまま、わたしに二冊の本を手渡します。ずっと預かってもらえていたようです。ありがとうございます!ウォーレンさんはうんと頷くと、今度はハーツさんの方を見て、
「動くのは難しいと思うが、今のうちに今後の行程も見ておきたい」
と言って、そのままテントの入り口付近で地図を広げてハーツさんに見せます。
「そう……ね!うん、とっとと確認すべきよね」
ハーツさんは何かから気を逸らすように地図に目を落としました。迷いや抱えていたものは晴れたと思っていたのですが……少し不調が続いているのでしょうか?
ハーツさんの怪我は本当にすぐ治りました。腕も脚も不自由なく動かす姿がその証拠です。真っ直ぐ一本の芯が身体を貫いたような佇まいも健在で、余裕さすら持て余したように得物のナイフを片手で回したり。お陰でわたし達のカンランに向けた旅は再出発を果たしました。目的地まであと少しだそうです。
しかし、わたしのハーツさんへの懸念は数日にわたって続くことになりました。過去のご友人への気持ちに一区切りをつけたのは間違いありません。実際、食事の後などにそのご友人との簡単な思い出話もしてくれるようになりました。どうやらわたしやアルカさんと一緒で着せ替え人形にはされていた様子です。わたしの人を視る眼に狂いがなければ、その部分での気持ちの沈みは既に取り払ったはずでした。けれど時折、変に目線を逸らしたり、声を急に萎ませて言葉を詰まらせたり。ウォーレンさんも挙動不審なハーツさんの様子を確認して少し心配していました。体調の問題かもしれないので熱を測るべきじゃないかとウォーレンさんが尋ねると、
「大丈夫!ホンッと大丈夫だから!!」
とのことで。ハーツさんくらい自己管理がとても上手な方が言うのですから、わたし達としても引き下がる他ないとは思いましたが、夜間に寝苦しそうな声を上げていたのまで聞いてしまったのでわたしとしてはとても心配です。何しろ思い当たる原因が直近に解決したと思われるものですから。




