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83.

 それから日没を片手で数えられなくなる程度は繰り返し、その間ずっと村付近での野営を続けていました。しかし川の状態は一向に良くならないようで、むしろその間に新たな長雨すら来てしまいました。これではもはや、待てども待てども意味がないと考えるのは妥当でしょう。湿り気を含んだ空気の中で緊急会議がテントの中で開かれました。わたし達がここに留まることができる時間だって限られているのに、たかが川の水位が下がるのを待つくらいで足止めなんて。危険は分かりますが、それでも少しくらいは大丈夫なんじゃないかとも思えます。

「それでも危ないの。……でも、ここに長く留まってもいられないのも事実よね。川を渡ってもカンランまではまだ少しあるし……」

 ここはじっくり考える場面です。外の雨音に負けず、わたしも頭を回します。無難で考えやすい手段として、わたしの瞬間転移(テレポート)を使う方法はすぐに思いつきます。川の対岸までの距離は分かりませんが、どうにかならないほどの距離ではないかと思われます!

「失敗した時のことを考えると賛成できないかな……」

 異を唱えたのはアルカさんです。

「転移系の魔法って位置制御を細かくやらないと失敗しやすいし、下手したらみんなまとめて川の中にドボン!ってなっちゃいそう……」

 弱腰な考えに思えますが、実際わたしの瞬間転移(テレポート)は完全に成功させたと言える事例がほとんどありません。アルカさんとお試しで何度かやったときも、そしてあのアムシースの幹部ローブから逃げるときも、空中に出てしまったり、二十歩分くらいずれた位置に出てしまったり。成功すれば値千金でしょうが、失敗の可能性の高さとリスクに見合っていないのは確かです。

「それよりさ、回り道はどう?川を渡らずに済むような方法とか……渡るにしても、この辺以外の川ならもしかしたら雨の影響もないかもだし!」

「難しい。川を渡らずにと考えると、プラトナの上流……このあたりまで辿ることになるが……」

 ウォーレンさんの黒手袋の指が、地図に引かれた長い線をたどり、それが行き着いた先は山岳地帯と思われる場所でした。

「装備なしにこの山を越えるのは困難だ。加えてここまで移動するのだって時間がかなりかかる」

「そうね。下流の穏やかなところを使って渡るにしても、そっちはそっちで……むしろそっちのほうが遠いくらいだし」

 ハーツさんの指先がたどり着いた海岸は、現在地から港町までの直線距離三つ分は越えるくらい遠い位置で、さらに目的のカンランからも大きく離れていましました。いずれもあまりにも無理があるコースです。

「申し訳ない。考えがかなり甘かったらしい」

「まあこれはちょっと不運な方よ。あたしも少しうっかりしてたわ」

 天気のことだけは誰にも予想がつきません。もしも腹ペコなドラゴンがいれば、明日の天気は雪……なんて予想はできるかもしれませんが、そうでもなかった以上仕方ないことだと思うしかありません。

 しかし、仕方ないことに打ち当たって何もしないわけにもいかないでしょう。わたしの魔法が何か役に立つかと考えてみましたが、最近ようやく完成した氷の魔法も、おそらく流れる水には無力でしょう。アルカさんはどうでしょうか?

「うーん、川渡り……めちゃくちゃ細い川なら、安定した瞬間転移(テレポート)の魔法陣を頑張れば作れるかもしれないけれど……」

 やはり魔法に頼っての解決は難しそうです。

「こればっかりは仕方ないと思うわ」

 ハーツさんは意を決してウォーレンさんに告げます。

「三日も待てたらさすがに危険な水位は回避できるはずよ。それでも危ないかもしれないけれど……」

「……」

 ウォーレンさんは反対したい態度が顔に表れていましたが、その実反対意見が建設的な議論につながらないとも考えているのでしょう。

「さすがに悠長に待ち続けるわけにもいかないし、ここは頑張りどころと思うことにしましょ」

「……分かった」






 三日後、天気自体は良好で歩きやすい日を迎えました。わたし達は平地をさらに歩き、目的としていた支流に到達します。川はうねるように太く、底も深いことが遠目にも分かりました。

「昨日よりはかなり落ち着いている」

というウォーレンさんの言葉にもさらに驚かされます。こんな川でも飲み込まれたら、ひとたまりもないというのに、雨の直後はこれよりももっと酷いというのですか。自分の認識の甘さを痛感しました。ハーツさんが念を押すわけです。

 元々橋をかけられるような川ではなく普段は小舟を出して行き来しているそうですが、こんな状態の川を渡ろうとする奇特はわたし達以外にはいないみたいです。川から少し離れた場所に放置された渡し船が何隻か置いてあり、ウォーレンさん曰く、辞めたほうが良いとは言われているものの、一応使っていいものだとのことでした。

「しっかりボートにつかまってて」

 ハーツさんがパドルを漕ぐと、小さな木舟が前に進みます。岸からはウォーレンさんやアルカさんがこちらの様子を見守る姿が見えます。傍らにはアルカさんが張った簡易的な転移陣。荷物も含め最低限に済ませて対岸から回収するための用意です。転移先を決めるための小さな石だけわたしが持ち、これを運び切ったらそれを使って転移を行うかどうかという選択が生まれます。ちょっとでも安全に。川の水に揉まれて上下に大きく揺れ、水勢で前に進んでいるのかハーツさんが前に進めているのかも分かりません。けれど少しずつ岸は遠くなり、つまり対岸が近づいているということです。わたしの本もしっかり両手を使って船縁を掴みます。が、舟全体が揺れるせいで安定した姿勢をとるのも大変です。

「大丈夫?」

 ハーツさんが舟を漕ぐ手を止めてわたしの様子を気にかけます。何とか大丈夫です。それよりも、いち早くこの川を渡ることを優先すべきでしょう。

「それもそうね。よっと……」

 ハーツさんが再びパドルを動かすと、また舟が前に動き出した……気がします。もしかすると川の流れのせいで押し返されているのかもしれません。後ろのウォーレンさん達との距離が縮まったわけでもないので戻っているわけではないですが、揺れが強すぎて進んでいる実感がありません。水面に顔を近付けずとも水中の激流の音が聞こえてくるようです。こんなのに巻き込まれたら、ばらばらになってしまうことでしょう。そんな水の塊を舟腹で一身に受け止めて、受け流して、かろうじて何とか水の上に浮かんでいるだけの小さな小島。この小島がわたし達が唯一この水の上で頼りにできるものです。

 心細く水の中を見るのを辞めて、視線を上げると……さっきまで見えていなかった対岸がようやく、ハーツさんの肩越しに見えてきました。頑張ってください!ゴールはもうすぐです!

「オッケー……あと少し―――」


 きっと、わたしの気持ちが少し緩んだんだと思います。強風がわたしとハーツさんの船を一瞬でも掠めました。肩を強く押されたようなものです。船縁をしっかり掴んでいたはずのわたしの手は簡単に滑って、大きく揺れる小舟の上で、姿勢を維持する方法はありませんでした。

 水面がひっくり返り、落ちる。最後見えたのは舟を蹴っ飛ばしてわたしに飛びつこうとしているハーツさんでした。

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