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81.

 そうやってウォーレンさんが話したのは、やはりデートの時に話したことと同じ内容でした。途中、少し話しにくそうにしていたので、やはりあまり触れたくないことだったのかもしれません。その度わたしはそわそわと落ち着かない気持ちに揉み手をします。一連のお話を終えてウォーレンさんは申し訳なさそうにしていました。

「なるほどね」

 ハーツさんはまた肘をついて言いました。

「どーりで珍しいもん持ってると思ってたけど、やっぱステラ周辺の人間だったのね」

 わたしの存じ上げない単語が飛び出しました。ウォーレンさんの故郷について、ご存知なのですか?

「まあね。この海渡っても、まだ結構遠いとこだし、あの辺はいっつもドンパチしてるからあたしも直接行ったことはないけど。でもあの辺の街なら事情は似たり寄ったりだろうし」

 感想としてはそれだけで、やはりというかとても淡白な姿勢でした。同情するわけでもなく、激昂するわけでもなく、ただ、各々の事情のうちの一つとしてとらえているのでしょう。実にハーツさんらしいと思います。

「えっと、ウォーレンさんのお姉さんもさ、もしかしたらどこかで生きてたりしない……かな!」

 アルカさんは少しためらいつつも、

「そりゃあ、周りから見たら悪い人だったかもしれないけれど、ウォーレンさんにとっては、いい人……だったんだよね。だったら、また会えると思えた方が、気持ちはきっと楽だと思うというか……その、えっと……」

 ウォーレンさんの口からは、お姉さんにたいするウォーレンさん自身の評価が欠けていました。わたしにお話しした時もそうでした。でも、聞かずとも分かります。とても、とても大切な人だったのでしょう。

「……そういうことに、なる」

 ウォーレンさんはどこか、他人事にそう言いました。何かと自分を押し殺してしまうというか、他人本意なウォーレンさんにはもしかしたら強い実感がなかったのかもしれません。きっと、ものすごくお姉さんにも会いたいのでしょう。同じ名前を持っている身として、わたしがその代わりを少しでも埋められたらとも思いますが、大切な人の代わりなんて、誰にも務まるはずがありません。わたしにとっての皆さんのように。そのことは少し妬いてしまいます。






 何もない海の上でのゆったりとした航行はそれ以降、巨大な海中生物に呑み込まれそうになるような、悪夢のような珍事も起きることなく、ただゆったりと時間が過ぎて、そして、新たな陸地に到達するのも思った以上に早かったと思います。そのころにはもうわたしの身体は充分に回復しており、自由に出歩けるようになっていました。念のため傍を離れないようにとウォーレンさんにも条件を出されていますが、わたしが手を引けばそちらへ歩いてもらえるので制限がないも同じです。

 あれから自分の身体の内側をうねるこの拍動が新鮮で、むしろ気疲れしてしまいそうでした。歩く動作も時折、本当にこんな力の入れ方だったかと不安になります。

 陸へと続く仮設の木組み階段を降り切ると、地面は途端に揺れを止め、わたしの身体が改めてその事実に驚いているようでした。わたしの身体だけが、まだ船の上で揺られているような、不思議な感覚です。しかし、後ろがつかえてしまわないためにも、この感覚に取り込まれている場合でもありませんでした。ウォーレンさんの手を離さないように、わたしの足をしっかりと前に出します。





 着いた港も充分に大きな街でした。人でにぎわい、お店でにぎわい、ベリルマリンと風景は打って変わっているもののその雰囲気や風体はかなり似ています。

 適当なお店に入って、テーブル一つを四人で分け合い、今後の行程を確認し合います。

「目指すカンランは、ここから西方。プラトナの支流を越えてすぐの場所に位置する。発展した都市ではなく静穏な村であり、交易路からも外れている。野営を繰り返しながら最短でもふた月程を要するというところだろう」

 広がった地図に黒手袋の指がぽつぽつと降ろされ、紙面上でわたしの右手一つ分くらいの距離を、これから時間をかけて歩くのだという実感に晒されます。目的は、カンランにあるというお屋敷です。実際有名なお屋敷なのでしょうか?

「まあそもそも、そんなみんながよく知る場所ってわけじゃないし。でも領主とかが偉そうに居を構えてても特に違和感はないわね」

 領主様というと、ベリルマリンでお会いしたあの背広みたいなものでしょうか。あの人のような性格の方だと、そもそもお屋敷に到着したところで門前払いを食らいそうです。なんというか、ここは平々凡々の入る場所ではないのだーっとか言って。

「そういう時は」

 ハーツさんは握り込んだ右手を左手で磨き上げるように見せて、

「これで一発よ」

 ここでの一発とは、解決できるという意味ではなく結果的に解決するという意味に思われます。アルカさんから、できる限り僕たちで何とかしようと、同盟に誘われ、わたしも頷きます。このままでは、都合の悪い人を全員殴って気絶させる集団になってしまいます。





 船旅での体の疲れを一晩お宿で洗い流して、翌日。すぐにでもこの街を離れるのかと思いきや、そうでもありませんでした。

「出発前に、持ち物を整えておこう」

 ハーツさんも同じことを考えていたようです。歩きの長い旅に特に必要なものは、食料、水、テント、そして靴や服。つまり、

「いいじゃんそれ!すっごい似合ってるわよ!」

 先程まで必死の抵抗を見せていたアルカさんもハーツさんの腕力によりついに諦め、今では鏡の前でバツの悪そうにいじけています。

「ねぇ、どうせこんなの着てかないんだからもうよくない?なんというかそわそわするというか……腰から下がすーすーするのが気になるというか……」

「いいじゃんいいじゃん!女の子なら気合の入ったおめかしの一つくらい持っとかなきゃだし、むしろ買っといた方がいいんじゃない?」

 わたしは、なるべく自分が標的にならないよう、アルカさんをハーツさんに差し出して遠くからその様子を眺めていました。いざとなれば透明になって逃げてしまおうと思います。しかしながら普段から同じローブを着まわしているアルカさんですので、衣服が変わるだけで印象が大きく変わります。髪の結び方も普段から後ろでまとめているだけなので、こうして左右で結んでいるだけでもいつもの雰囲気とは大きく異なります。外見の印象だけで人間そのものが大きく変わってしまったかのような。本人はとても恥ずかしがっていますが、確かに着せ替え遊びに夢中になってしまうハーツさんの気持ちも分かる気がします。……危ない。一瞬こっちに目線が来たので、気付かれてしまったかと……。

「遠慮せずとも、君も参加してくるといい」

 大丈夫です。

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