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78.

「着いたわ」

 ウォーレンさんの腕からテルさんは地面に降り立ち、目の前の建築を見つめます。人はどうしてかこんな山間部にも小屋を建てることができるようで、木々の奥まった場所、開けた平地はむしろ一軒のこの家のために元から用意されていたかのようでした。アルカさん達が立てた小屋よりはしっかりした造りをしていて、ここなら雨風を凌ぐには充分。むしろ数年を見据えた生活も問題なさそうです。

 ハーツさんはまるで自分の家に帰るかのように、自然とその戸を開けました。

「じいさん、いるー?」

 中を覗くハーツさんを傍目に、わたしとテルさんは家の外を簡単に眺めます。外壁の板張りに沿って土が掘り返されたような跡。今は水を失って固まりつつありますが、囲いもある辺りは簡素な菜園がかつてここにあったことを思わされます。すぐ近くにはわたしの丈くらいの高さの弓とそれよりもっと長い槍状の木の棒が数本立てかかっています。本当に自給自足の生活を送っているのかもしれません。

「マリーちゃ……じゃなかった、今はテルちゃんだった。ほら、中に入ろ」

 アルカさんに声を掛けられ、奥へ進むハーツさんに倣い、わたしもその一行に続きます。十分な大きさでの呼びかけに、返事はなかったようです。テルさんはこの家のこと、知っていましたか?

「全然知らない。というか言ったけど、住んでたところも全然違うとこだし、あいつがこんなとこに別荘持ってたって話も知らないし」

 それだけを聞けば、テルさんの目にはあまりにも接点のない「シュタール」さんです。しかし、藁にも縋る思いのわたし達にはただの偶然で片付けるにはあまりに惜しく、細い糸の手がかりでも手繰り寄せようとして室内を注意深く観察します。中は掃除が行き届いていて塵をかぶっていません。むしろ片付きすぎているくらいで生活感が消え失せているとも言えました。木板の床は年月を感じさせるくらいではありますが、目立つ旧さはその程度です。

 ガタッと急に隣から音が聞こえて、わたしが振り向く必要もなくテルさんがかわりにそちらへ目を向けます。

「す、済まない」

 ウォーレンさんが机に足をぶつけたようです。

「何してんのよ、しっかりしてよね」

 ウォーレンさんには少し手狭かったのかもしれません。

 上階へ続く階段の先を除き、実質は五人で屋内を簡単に物色しました。頭数はあくまで四つですが、それでも短時間で探し回るには充分です。しかし人がいる気配はありませんでした。外の様子では放棄されたようにも感じていましたが、中の綺麗さを見るに長い間使われていないわけではないとも感じられます。完全な空き家ではないのでしょう。生憎にも家主が不在と考えるのがわたし達には都合がよいでしょうか。

「ねぇ、ホントにいるの?」

「多分大丈夫よ。まあ、待っとけばすぐ――」

 その言葉を遮るように、家の扉が軋みを伴いながら開きました。視線は当然そちらに注がれます。家主の帰宅を期待したわたしでしたが、そこに立つ容姿は「じいさん」などではなく、ハーツさんより少し丈の低い女性でした。両手で箒を、天井を掃除する向き、または人を殴る向きにして構えています。この臨戦態勢には誤解を解かねばなりません。もちろん、勝手に家に侵入している赤の他人はかなりの可能性で泥棒に該当しますが……テ、テルさん!ここは、自分たちが泥棒ではないことを……。

「……は、ハーツちゃん……!?」

 意外な人物を見つけたらしいその女性は、構えていた箒を床に落とすと、一目散にハーツさんの元へ駆け寄りました。

「ひ、久しぶりー……」

 ハーツさんは普段の強気な態度からうって変わり、遠慮がちにその女性と対面します。あまり会いたくない相手だったのかもしれません。やや目をそらし、後ずさりしているのが分かります。しかし女性は気にせずずかずかと近寄って、

「ホント久しぶりだよ!というかめちゃくちゃ感じ変わってんじゃん!一瞬気付かなかったもん!」

 ハーツさんの両手を無理に取って再会をかみしめているようでした。あーはいはいとなんとか切り抜けようとするハーツさんは、

「ねえソニス、あの――」

「というか帰ってくるなら連絡の一つも頂戴よ!ずっと一人で勝手気まましちゃって、こっちも心配してたんだから!」

 ハーツさんをしてこの気圧され具合には、どうやら苦手の理由が見えてきました。言うならば、人の話を聞いてくれない人です。

「というかこの子たち誰?もしかして旅仲間!?」

 そして眼光がわたしの方へ向くと今度はわたしの方へ。ずいずいと近寄ると、わたしのほっぺをわしわし掴みます。

「にゅぁっ!ぬゃめろぉ!」

 頬から手のぬくもりが伝わります。小動物を愛でる様に遠慮なくわたしの顔を撫でまわすもので、テルさんの言葉も聞こえていないかもしれません。かわいい~!と、お構いなしな恍惚な声を出している辺りは間違いないでしょう。

「ねぇ、ソニス」

 ハーツさんが語調を強めて呼びます。反応したその女性の名前はソニスと考えて間違いありません。手が止まります。

「ソニス、じいさんは?今いないみたいなんだけど」

 旧知の友らしい相手にとっとと用事の話をしてしまおうと、そのつもりのようでした。ただ、その言葉を聞いて、ソニスと呼ばれたその人は、それまでの詰め寄る姿勢を崩して、

「……えっと」

 目を伏せました。

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