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75.

「名前は?」

「教える意味ある?」

「少なくともマリーではないのなら、お前にも呼び名が必要だ」

 ニセわたしは不満気な態度で居ながらも一言、

「テル」

とだけ言いました。

 こうして三人から詰められていると、まるでわたしが悪いことをしたかのようで、わたしの気持ちまで沈んでしまいそうです。しかし当然そうなる必要はないため、わたしも心持ちは三人の傍に立ってテルと名乗った身体側のわたしを問い詰めます。

「それで、結局身体はマリーのままってことで合ってるの?」

「うん。貴方達が知っているマリーちゃんの方は今、手も足も全く動かせないけどね」

 テルはこうして船室の簡単な裁きの場、ベッドの上に腰掛けさせられて尚、髪をいじったり足を揺らしたり、今こうして両手をひらひらと振ってみせたりして余裕のある態度で我々に向き合っていました。わたしという人質を得ているわけですから、下手に出る意味もありません。それこそ仮に拷問行為を受けたとしても身体が傷つくのはわたしであり、ひょっとすると痛みも全部わたしに押し付けることができるのかもしれません。思案を巡らすとぼそりとイチイチうるさいわね……とわたしの口が呟きました。脳内で自分の考えを考察されるのは負担なのかもしれません。ならとっととわたしを解放すればいいのに。

「ねえ、お願いだからマリーちゃんに身体を返してあげてくれないかな……?」

 アルカさんが本命のお願いを伝えます。

「無駄だ、アルカ」

 しかしわたしが言葉を発する前にウォーレンさんが先にその返答を与えます。

「元より身体を返す気があるならば私達の前でマリーを騙ることはしない」

 仮にわたしが肉体的に別のところに隠されているなどでしたら、ウォーレンさんは一も二もなく、首謀者のこめかみに銃口を突き付けてでも取り戻そうとしてくれるのかもしれませんが、今、取り戻すべきわたしは目の前にいて、しかしおいそれと奪い返すこともできないと来ています。再び押し倒して今このテルに脅しかけても仕方がないとの判断でしょう。わたしとしては、あの鬼気迫るウォーレンさんとドキドキした感覚は悪くなかったのですが。

 となれば、どうにか交換条件を引きずり出して交渉に持ち込むくらいでしょうか。勿論お金では解決しなさそうです。元々身体がなかったところを欲しがっていた、つまり肉体がなければ楽しめないものを提示するのが良さそうです。おいしいごはんとか……。

「あっはは!」

 わたしの熟考に、わたしの口は高笑いを見せます。

「いろいろ考えてるかもだけど、ワタシは憑いてこのままの方が居心地も良いから、何言われたって身体を返す必要ないんだよね。取引だのなんだの持ちかけられたとして、やっぱり返しませーん、って言い出したって誰にも止められないわけだし?」

 テルは肘を突いてにやにや嗤います。おそらく、こちらに向けても言っているのでしょう。ウォーレンさんの表情がマスク越しに険しくなった気がしました。確かに、人間の中に入り込んだものを外に引き剥がす一般的な方法はありません。そもそも人間の中に何かが入り込むことが稀でしょうから。原理不明、アルカさんも手に負えないようですから、肉体を開放してもらえるかどうかの主導権は明らかにテルに握られていることになります。

「この手合いはそもそも対等に話してちゃダメよ」

 ハーツさんがわたしに近寄ります。

「あんたの方が立場が上って?マリーを盾にしただけでよくそんなに威張ってられるわね」

 低い声。顔が目と鼻の先にまで近づきました。

「幽霊だか悪霊だか知らないけど、執念深いのはあんたらだけじゃないのよ?恨みに思うこと、仇なす者、大切な友達に害を為す者は死んでいても……死んだ後だろうと許さない。安全圏から高みの見物ができるとでも思っているなら、大間違い。何が何でも方法を見つけて世界のどこまでだって駆け回って徹底的に追い詰める。逃げようが隠れようが何処へだって、必ずね」

 成程、この顔……あの時あの背広が見たのは、この顔だったのです。腰を抜かしたことでしょう。並べた言葉に根拠はなく、全てはただ、宣告・宣言でしかありません。

「……冗談じゃん、マジになんないでよ」

 けれど、証拠や証明があるかどうかは説得のすべてではありません。未来を確約することでも、ここでは説得に通ずるようでした。実際ハーツさんなら言ったこと全部を本当に実行してしまいそうです。テルはハーツさんの気迫に屈したようでした。

「屈したとか言わないで」

 ハーツさんはまた背を正し、顔を緩めて、

「で、さっきからのそれ。マリーの声もあなたには聞こえてるのよね」

 偶にわたしの方へ返答しているだけに、外から見れば会話としてつながりのない箇所がいくつかあったことでしょう。ニセのわたしはハーツさんを少し見つめた後、吐息をついて、

「大体どんな様子かもわかるの。意識が目覚めてすぐは、なんか混乱してたみたいだけど、今は慣れてきてるみたい」

と報告しました。今までの多様な経験が生きてか、わたし自身の覚醒から時間も経っていないもののこの適応。我ながら感心してしまいます。

「ならずっとこのままでもいいんじゃない?」

 それはイヤです。

「あっそ」

 テルは改めて肘を突くと、そっぽへ目を逸らしました。

「こちらから歩み寄れることがあるとすれば」

 ウォーレンさんは、肘を突いていない方の手の中を指さします。

「それだ。君はそれにまつわる何かを求めていることだろう」

 わたしの手が握り締めていたのは件のブローチです。当然、話題の中心となるべき一品でした。わたしは黙ったままでした。打ち明けるべきかどうかを思案しているようです。

「別に盗って売ろうなんて考えてないわよ」

 ハーツさんがそう言うと、わたしは意を決したようで向き直って言いました。

「ホントね?やっぱなしとか言わないでよ」

「言わないから。ほら、とっとと白状する」

 わたしの目は、一点、開いた手に乗ったブローチに注がれます。

「元の持ち主に返したいの」

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