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73.

 誰かの話し声でわたしの意識は身体に戻りました。視界から得られた最初の情報は周囲が明るくなっていることで、場所と時間帯の変化は容易に掴み取ることができます。

「それで、ホントに大丈夫なの?」

 霞を払ったわたしの視界が最初に捉えたのはハーツさんの姿です。わたしに向けて話しかけている視線に、身体的な違和感を覚えつつも言葉を発する必要を感じます。前後の文脈が不明である上に場所や状況が読み込めない以上まずはそこを詰問すべきです。

「はい、少し身体のだるさはあるんですけど……大丈夫だと思います」

 けれど、わたしではない誰かが声を発し、勝手に返答を選びました。わたしの意思もまったく無視しています。

「そう?なら……いいけど……」

 そして、わたしに質問しているはずのハーツさんは明らかにわたしのものではないはずの返事を呑み下してしまい、近づけていた顔を遠ざけます。

 まるで状況がつかめません。少しでも困惑を取り払うため、わたしは自分で状況を確認するため首を動かすことにしました。この場合、おそらく大半の方は特に意識することもなく視界が左右に動くはずです。けれどわたしの頭部は、杭を打ち付けたようにピクリとも動かすことができません。どころではありません。腕も、足も、力が入らない。いえ、違います。腕も足も、すべて勝手に動くのです。

「それよりわたし、これのことの方が気になります!」

 その知らない誰かの声で、わたしはようやく状況を掴み取ることができました。これは、わたしの声でした。





 わたしの中に残る最後の記憶をたどると、今こんなことになっている原因は簡単に推測できます。あの少女です。一番自然な考えをするならば、わたしの身体をそっくりそのままあの少女が乗っ取ったのです。曲がりなりにもこれまで様々な魔法を見て、自分でも使ってきたので、どんなことが起きてもそう驚くことはないと思っていましたが、まさかこんな……。

 ともかく、このままでいいはずもありません。すぐにでもわたしの身体を取り戻さなければなりません。自分の身体の自由もないなんて、不便なんてどころではありません。いや、そもそもこの状態が長続きすると、意識だけになっている今のわたしが消え去ってしまう、ということさえあるかもしれません。身体を持たない、という経験が浅いだけにこの状況がどこまで深刻か掴み兼ねますが、看過してよいはずもないでしょう。

 さあ、すぐにでも……す、すぐ……わたしは、何をすれば……?声も出せない、手足も動かない。わたしの今の状況をウォーレンさんやハーツさんにどう伝えるというのですか。背筋が凍る感覚は、今の状況でも感ぜられるようです。わたしが今こんな状況になっていることはおそらく今この身体の宿主になっている彼女くらいしかいません。それを打ち明ける様子もない以上、ウォーレンさん達はわたしのことを知る由もないのです。皆さんの声も聴けて姿も見えるのに、すごく遠い。

「ふーん……」

 ハーツさんは、ニセわたしから受け取ったブローチをまじまじと見つめています。人差し指の先くらいの大きさのそれはニセわたしが気にかけていた一品で、小さく透明質な青色ながらも劣化が激しく傷や汚れも目立っていました。

「ウォーレンとこれを見つけたってわけね」

「そうだ」

 ウォーレンさんはわたしの方を一瞬見てからすっとハーツさんへ視線を返して、

「マリーの聞いた声の源にこのブローチだけが存在した。他に疑わしいものがなかった以上はこれが原因だと考えられる」

 話題の中心をあんな小さなブローチに奪い取られている危機的状況のわたしは、二人の顔を凝視してせめて何か伝わらないかと念じます。もちろん、本当に眉をしかめているわけでもなく、わたしに外見的な変化が表れているわけではない以上この試みは失敗に終わります。

「さっき簡単に調べはしたけれど、普通のブローチだったよ。魔法の痕跡もなければ、特殊な仕掛けが潜んでいる様子もなかったな。もしかしたら、マリーちゃんにしかわからないような特別な魔法が隠されているのかもしれないけれど……」

 アルカさんの方へ視線が移り、

「わたしには見当もつかないです……」

 しょぼくれた顔をしているみたいです。見当もつかない?どう考えても嘘です!首謀者の傍にあった奇妙なブローチが無関係なはずもありませんから。まったく早く自首すべきです。

 しかし、皆さんは本当に気が付かないようでした。普段意識していませんでしたがどうやらわたしの普段の口調はやや子供っぽいようです。わたしとしてはウォーレンさん程とは言いませんがかなり理知的で精緻な振る舞いや言葉遣いが出来る方だと思っていたのですが、皆さんの受け取り方を見るに考えを改めなければならないのかもしれません。

「船の人にこれのこと何か聞いたの?」

 それでも、口調や仕草が似ているからといってすぐに気がついてもらえないのは少し寂しくもありました。一緒に旅をしてきた仲なのですから、いくら真似が上手だったとしても見抜いて欲しいと思ってしまいます。

 でも、もしかすると……。そもそもの前提が違うのかもしれません。

「貨物の中に偶然紛れていたらしい。積荷のリストにもなかったそうだから、ひとまず自由にして良いと言われている」

 例えば、ニセモノがこのわたしの方だったら。こうしてわたしの眼前、正確には鏡越しにした場合の眼前に居るわたしが完璧にわたしを演じているように見えるのは、そもそも演じるまでもなく本物で、しかも意識だけの方のわたしには全く気が付いていないとしたら。身体の元の主人だと勘違いしているこの、このわたしが……わたし、が……、わたし……じゃ、ない、としたら……。最後に見たあの少女を関連付けて今のわたしの現状を結論付けましたが、それだってただのわたしの推測にすぎません。あれから何があったのかも分からない以上……もしかすると、本当は身体を盗られるなんてことも起きていないのかもしれません。

「いつ紛れ込んだかとかは?」

 なら、わたしは……わたしは、誰ですか?わたしは……。身体を動かし、今まで通りの振る舞いで話し、考え、行動する者と、それにくっついているだけのわたし。どちらが本物か。問う必要があるでしょうか。もしかすると、取り返せなんて大層に言う資格なんて……。それこそ、本当に消えてなくなるべきなのは。本物は……本物のわたしは……。

「それも分からないらしい。念の為少し調べてもらえるそうだ」

 目が渇くようでした。心の中で何度も瞬きをして、胃からこみ上げてくるような、頭の中がぐちゃぐちゃになるような。心臓をぎゅっと掴まれるような。呼吸が荒くなるような。視界が黒く揺れるような。けれど全部意識だけのわたしがそう感じているだけで、肉体の方には何の変化もないのです。すべてはそんな幻覚。わたしのこの意識だってもしかすると。

「まあすぐにでも突き止める必要のあるものじゃないでしょうし、今は持っておくだけでいいのかもね」

 ならきっと、存在しなくても同じなのでしょうか。

「はい!もしかしたら、本当の持ち主さんにばったり出会えるかもです」

 ハーツさんから返してもらったブローチをわたしは手のひらの中に見つめ、握りこみました。視界が上へ動くとウォーレンさんがわたしの方を見ていました。

「今思い出したが」

 そう前置くと、

「君があの棺で目覚めた時に持っていたブローチ。色が少し違うが、もしかしたらあれと何か関係あるんじゃないか?」

 手でわたしの両手の中身を示してウォーレンさんは質問をします。

「あっ、そ、そう……ですね!もしかしたら何か――」

 わたしの口がそう一言二言を並べるのを聞くか聞かないかで、それに割り込んで、

「そうか」

と、ウォーレンさんは言いました。刹那の後、わたしの身体は肩のあたりをベッドに押さえつけられていました。顔が近くなったウォーレンさんはわたしに乗りかかるようにして、銃口を眉間に擦り付けます。

「誰だ」

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