69.
数週でベリルマリンは雪解けを迎え、街は再び鮮やかな色を取り戻しました。その間もわたし達はこの街でご厄介になっていましたが、以前よりも街の人達との距離が縮まったような気がします。抱えていた秘密を明かしただけにわたし達が信頼に値すると感じてもらえたのでしょうか。例のあの背広ですが、優勢なものに日和る考えで尻尾を振る相手をクロルさんや街の住人達に変えたようです。これまでのあの態度でよくも安々と許されたものですが、それでも重要なお人で邪険にはできないそうです。ともかく、これでクロルさんもこの街に正式に迎え入れてもらえた、ということでしょうか。一段落してみれば事が丸く収まったものです。
「勿論、クロルが幼かろうが、竜種の存在……そしてそれを匿っているという事実は他から見れば危機意識や恐怖感情を産み落とす。その矛先がこの街に向けられることへの回答を彼等はこれから作らなければならないだろう」
見落としていたわけでもありませんが、クロルさんという存在が特異なことはこの街に限ったことではないはずです。街が恩義に目覚め一匹の竜を護ることにした代償は、もしかすると途轍もなく大きいものになるかもしれません。手放しに安心できる状況へ落ち着いたわけではないということです。
けれども見れば見るほど、街の人達に囲まれたクロルさんはただ等身大に、少し控えめな性格の少年なのです。最初わたしは探しの魔法でクロルさんの正体を見破った、と思っていましたが、実はこの人間の姿がクロルさんの本質に一番近いのかもしれません。それが世界中の皆さんに理解してもらえたら、もしかしたら、人間とドラゴンが仲良くなるのもあっという間かもしれません。事実こうして、ベリルマリンとクロルさんはあっという間にお友達になってしまいました。だから……きっとだいじょうぶ、ですよね。
お友達で言えば、結局テトラさんとはお友達未満の関係で終わってしまったことが悔いになっています。未経験のドラゴン乗りとしてあの窮地を助けてくれた後、つまり、わたしがアルカさんのお仕事を引き継いだり背広との論戦を行なっていた最中、少しの間は同行されていたそうなのですが、すぐにお仕事で忙しくなったとかで、事が終わった頃にはお礼も言えずに終わってしまいました。わたしを幹部っぽいローブから守ろうとしてくたのも含め、感謝しなければならない点は多々あるのに、残念です。
「彼等も手広く行動していることだろう。旅を続けていればまた巡り合うこともあるかもしれない」
ウォーレンさんの言葉にわたしは頷いて、感謝の言葉はその次の機会にとっておくことにしました。
「ごめん!遅くなっちゃった!」
波止場へ最後の待ち人が駆けてきます。
「随分たくさんお話してきたみたいじゃない?」
「えへへ」
あの一件の後、アルカさんも街の人達から温かく接してもらえて、たくさんの感謝をいただいていました。浮かない顔をして、ベッドの上で怖そうにしていたところからも精神的に立ち直る大きなきっかけともなったようです。もちろん、アルカさんはそれだけのことをしたのですから。わたしも鼻が高いというものです。
「じゃ、二人とも忘れ物ないわよね?」
「うん!」
お宿を出るときに三回は確認しました!大切な本もここに持っています。お洋服もウォーレンさんに持ってもらって、一番のお気に入りは今身に着けています。
「オッケーね。なら、もう乗りましょう。もう出航するみたいだから」
船に接した木階段にハーツさんとウォーレンさんは足をかけ、順に登ってゆきました。わたしもアルカさんも、それに続くのですが、
「マリーちゃん」
その最中、小声でアルカさんに話しかけられます。
「ありがとね!怖いことも少しあったけれど、でも、頑張ってみてホントによかった!最後にみんなとお喋りしてて、そう感じたんだ」
わたしは何もしてません。アルカさんがたくさんたくさん頑張って、アルカさんが掴んだ栄誉です。
「ううん、マリーちゃんが街のため、クロルちゃんのために頑張ろうってしてるのを見て、僕も背中を押してもらえたから」
そう言ってアルカさんはにっ、と笑いました。
雪のない港に着いた船の上。どんな魔法や知恵があるのか人間四人以上はもちろん、貨物も相当量を積載して尚も水の上に浮かび、波に揺すられる木板の地面は不安定で、歩くだけでも新しい感覚です。船首側へ近寄るとこの海の全てを制覇したような気分で風を感じられました。
「こら」
自由に歩き回っていると、身体がまた腰元から浮き上がって、我が身はハーツさんに捕まってしまいました。
「あんまりそっちの方行くと、海に落ちちゃうでしょ?」
わたしもそんなにドジじゃありません。いざとなれば瞬間転移も使えます。しかし、ここは大人しく従うこととします。ハーツさんをいたずらに心配させるべきでもありません。
「本当にあんた等には感謝してもしきれないよ」
「こちらも、結果かなり長い間世話になった。ありがとう」
「旅の無事を。またベリルマリンを立ち寄ることがあればぜひ歓迎させてほしい」
荷積みのお仕事を終えた降り際のご主人さんが最後の別れのお言葉をいただけました。わたしの頭も撫でていただき、気をつけてな、と。
ハーツさんの力を借りてわたしよりも背の高い甲板の手摺の上に顔を出すと、見送りの皆さんの姿が見えました。アルカさんも乗り掛かって足を浮かせて手を振ります。この街に来た時には、こんな送り出し方をしてもらえるとは思ってもいませんでした。
船が動く。波に揺れる床が、今度は陸地から少しずつ遠ざかります。わたし達の旅がまた始まり、わたし達の街を離れる時です。
「みんなぁー!」
その陸地の先端に、わたし達が一番よく知る彼が立っていました。
「ほんとに……ほんとにありがとぉー!!気をつけて!!」
わたしもそれを見てさようならの手を振りました。小さくなって見えなくなるまで、そして殆ど見えなくなっても、ドラゴンからのお見送りの言葉がカラッと晴れた空にあの日の咆哮よりも響いていました。




