66.
巨大生物が着陸した場所は重量に耐えられず石畳が割れ、剛健な脚の指の間にローブをがっしりと掴んでいます。叩きつけられて血を流してますが意識はありそうで、這い出ようともがいています。
「いいよ!もうガンガンやって!」
ドラゴンを乗りこなす……ではなく、しがみついているだけですが、テトラさんがやぶれかぶれに叫んでいました。アルカさんの魔法陣に目をつけたその直感は褒めてあげますが、残念ながら彼らにとって今日は、人間と少女と、ドラゴンの降る日です。それはそれは大混乱にも陥るでしょう。怯みから立ち直りつつも反撃する者、何とか指揮を執ろうとする者、その場から逃走を図る者。いずれにせよ、わたし達への注目が薄れたことは当然です。余裕も生まれました。次に金切る高い音。路面が縦に裂けるように凍り、おそらく数人が巻き込まれたように見えます。わたし達は無傷です。
「立って!」
混乱する場の中でハーツさんがわたし達二人の元に駆け寄ります。
「移動するわよ!」
確かにそうです!囲まれているような今の状況は良くありません。
「……分かった」
背負ったままでは動きづらいはずです。ここからわたしは自分の足で移動すべきでしょう。
もっと大きな物に気を取られている人たちというのは何とも御しやすく、進路の妨げになるような敵をウォーレンさんとハーツさんが簡単に往なしてクロルさんからは離れる方向に道を作ります。わたしは、ウォーレンさんの手を絶対に離さないよう握って、頑張って足を動かします。お二人の動きが早く、わたしの足は半ば宙に浮いていたかもしれません。
すぐ後ろで大きな瓦礫の音がして振り返ると、クロルさんが姿勢を少し変えた影響ですぐ側の家壁が崩れて部屋の中がむき出しになっていました。崩れた煉瓦がばらばらと落ちてゆきます。中に人は……居ません。すぐに逃げたのか、または幸いにも元から居なかったのかは分かりません。
そんな生き物が、暴れているどころか狙いをつけて襲ってくるのです。理解するはずです。黒ローブ全員の姿が一斉に消え、ドラゴン一匹を残して辺りは突然に静まり返りました。大通りは、割れた石畳と尖った氷の柱と、砕けたレンガ塀が散乱し、人っ子一人いない……わたし達が普段窓の外に見ていた賑わいのベリルマリンとは大違いです。
大きなドラゴンが小さな少年にまた姿を変えました。
「クロル!」
全員で駆け寄ります。背に跨っていたテトラさんが倒れかけた彼を支えます。
「大丈夫……?」
「う、うん……だい……じょう、ぶ……」
くらくらと膝をついてへたり込みます。自力で立つことができないほどに消耗しているのです。よく頑張りました。わたしからはせめて頭を撫でることしかできません。
「えへへ……」
それがうれしいのか、喜んでもらえました。
「あいつ等、また逃げたみたいね……また来るかしら」
「向こうも負傷者が多かったはずだ。とんぼ返りができるほどではないはずだ」
けれど、いずれは戻ってくるのでしょう。アルカさんの善意による魔法陣を悪いことに使う嫌な連中が。
少し間をおいて、ベリルマリンの皆さんが路地の陰からこちらの様子を伺い始めました。何かを相談し合ったり、わたし達のことをもっと注視しようと恐る恐る歩を進めたり様々です。
「アルカを攫おうって戦闘が始まった時、危ないから遠くにいるよう頼んだの。一段落して戻って来たみたいね」
皆さんがこちらに奇異の目線を送っていることは疑いようもありませんでした。わたし達はどう転んだって元は余所者で、厄介事を持ち込んだのだって発端にわたし達がいるとも考えられます。加えて……。
「……おそらく、クロルのことも見られただろう」
ドラゴンは恐ろしいものである……ハーツさんやアルカさん、宿のご主人さんの反応が一般的ならばきっと、今回のことは余りに信用を失う事件だったことでしょう。歩けそうもないクロルさんを見兼ねて今度はテトラさんがクロルさんのことを抱っこします。
「……この子のこと、皆知らないの?」
「そうだ」
「じゃあ……」
テトラさんもそれで理解を得たようです。
全員、全員がわたし達を共通の敵と見なしているかのようでした。胸の内側の辺りがきつく絞まる感覚があります。きっと、走って動いて魔法をたくさん使った所為だけじゃありません。この有様を、なんと弁明すればよいのでしょう。
「……ひとまず帰りましょ。アルカをベッドで寝かせてあげたいし、クロルも少し横になりたいでしょ?」
「う、うん……」
ハーツさんがそう言ってアルカさんを抱え直して歩き始めます。でも、その……。
「こういう場所は、あまり居続けない方がいいわ。これからどうするにしても」
他全ての方向からの突き刺さるような目を避けたくて、わたしはハーツさんに引っ付いて歩きます。ウォーレンさんとテトラさんも後に続きました。
宿に戻ってアルカさんを寝かせます。少しベッドで横になったらクロルさんは直ぐ回復した様子です。再生能力などにも何か人間との違いがあるのかもしれません。
「マリーも休息を取りなさい」
ウォーレンさんからそう勧められましたが、わたしはすべきことを感じて遠慮しました。今、この瞬間だけはもう少しだけ頑張りたいです。紙束とのにらめっこをするだけですから、どうか許してもらえないでしょうか……?
「……分かった。だが、無理は禁物だということだけは覚えておいて欲しい」
大丈夫です!すべてが綺麗に片付いたら、丸一日でもベッドで眠って差し上げましょう!
時間が過ぎて、わたし達は目が覚めたアルカさんに事の顛末を説明し終えました。
「……そっか……うん。仕方ないよね」
ベッドの上でえへへ、といたずらがバレたような顔を張り付けて笑いました。
「いやー、油断しちゃった。クロルちゃんにもほんと申し訳ないよ~。でもでも、魔法陣から黒色のローブ姿がわらわらと出てきて囲まれちゃって……まぁ不可抗力ってやつだよね!」
わたし達の言葉を遮ろうとでもしているように、捲し立ててアルカさんは喋ります。
「あ、というか、魔法陣起動し直さないと帰ってこれない人いっぱいなんじゃないかな!うん、そうかも!僕すぐ――」
「アルカ」
ハーツさんがアルカさんの肩を掴みます。
「な、なに……?」
黙ってアルカさんの顔をじっと見つめて、
「ぼ、僕全然平気だよ!ちっとも気にして……」
「大丈夫」
それだけ言って、抱き寄せて背中を優しくさすりました。
「……」
張り付いていた顔がゆっくりと剥がれて、アルカさんの唇が震えました。
「……悔しいよ……こんなに頑張って……それに……」
堰き止めた言葉が、ゆっくりと口から零れ落ちていました。
「……怖い……」
わたしは、アルカさんの手を握りました。少しでもその気持ちを和らげてあげたくて。




