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62.

「ぐぁ、熱ッ!」

 わたしの首元を掴む黒ローブの腕が突然発火したはずです。わたしの白髪もたぶんちょっと燃えちゃいました。火傷由来の突然の激痛。腕の力が弛むのも無理ありません。

「くそっ、こいつ……!」

 距離を取るためすぐさま駆け出すわたしが背後をちらと見ると、黒ローブは何かの魔法を差し向けようとの最中です。どんな魔法でもわたしを逃がすまいとする魔の手に違いありません。

「……なっ」

 それがもし、わたしに全く通用していない様子だったとしたら。混乱もするでしょうか。できれば混乱したままでいてもらえた方が判断を誤ってもらえて助かるのですが。

「……ちっ、妨害結界(ジャミング)か。面倒なもの覚えやがって」

 さすがに手の内はすぐにバレたようです。でも不意打ちの一つが成功しただけ上々といたしましょう。アルカさんと黒い岩のあの森を探索した時。あの時の魔法を邪魔してくるかのような魔法。メモも見せてもらってはいましたが、結局は見様見真似、ほとんど即興の再現で頑張りました。二度も思う様に操られてなるものですか!もちろん、わたしの操られたフリの名演も助けたことでしょう。観客一名というのも惜しいくらいです。

 路地の先へと抜け出せば、この場はわたしの勝ちとなりますが、それを許さないと、黒い荊が行く手を塞ぎました。この魔法もまとめて封じ込んでくれたらよかったのですが、そこまで万能な魔法じゃないみたいです。

「ったく……傷物にもできないからと丁重に扱ってやってたってのに……」

 早足で近づく彼は、遅刻もあってかかなり苛立っています。人の首元を掴んで引きずることを丁重と呼ぶ輩に捕まるわけにはいきませんが、荊の壁が作った袋小路には死角も逃げ場もありません。とはいえ、ちょっと余裕を感じているのはわたしには透明化のとっておきがあるからです。自分の胸元あたりを触って、意識を集中……あれから何度も使っているだけに手慣れたものです。さあこれで気づかれることなく……。

「初等透過術ごとき、ガキでも見破れるぞ」

 ローブが近づきながら右壁を数度コツコツと強く叩くと、一瞬で空気が揺れ動きます。膝にかかる重さ。視界が縦に引き伸ばされたように曲がって、見えない砂か水が滝のように降り注いでいるかのようです。刹那の立ち眩みもこらえて身体を踏ん張ります。幸いにもこの重量感はすぐ収まり、視界も正常に戻りました。しかし、

「まったく舐めやがって……」

 ローブとわたしの視線が合っているあたりは、もしかすると今わたしの体は透明になっていないようです。妨害も無関係だなんて、そんな、冗談じゃないです!実はこれはかなりの絶体絶命というものではないでしょうか?後ずさりすると背中に棘がチクリと刺さります。

「大人しくしろ」

 残りの手札は光の魔法です。少なくとも、これで目を眩ませれば……!

「……バレバレの不意打ちにかかるわけがないだろ」

 強烈な光が隘路を一瞬照らします。けれどそれもローブには軽く目を伏せられて効きません。自分ではなるべく覚られないように気をつけたつもりですが、むしろ魔法の類はその準備の段階で気が付かれているようです。さすがに相手はひょっとするとアルカさんを超えるプロです。私の付け焼き刃が通用する相手ではありません。真正面からでどうにかなるとは思えませんが、魔法を使ったことに気が付かれてしまうようでは……それで言えば……使ったことに……気付かせない……。そこに勝算はあるかもしれません。

 そうこう考えているうちに、もう目と鼻の先です。

「逆らった罰だ」

 わたしは首を掴まれ、持ち上げられます。く、くるし……でもただそれだけではなく、頭を後ろの方から強打されたような鈍痛と、そして、身体全身に痺れ灼けるような激痛を感じます。い、いたい、いたいいたい!叫びたくなりますが、喉元を圧されて声がうまくでません。視界がぐらつき、足をバタバタさせてもがいても、地面に付くことはありません。

「また何かするようならもう容赦しない」

 でも、でも、踏ん張らなければ、ウォーレンさん達のもとに帰らなければ。もうヤケです!うまくいくかどうかよりも、ひとまずやってみる他ありません!

「お前に入れ知恵した連中もまとめて消しておかなければな」

 気付いて……ない!魔法隠し、と言っていたでしょうか。……成功です!―――集光(ライト)

「……うぐっ!」

 魔法使いもこれで怯まなければ、そもそも人間かどうかすら怪しいでしょう。腕が緩んだところで目の前のローブを蹴っ飛ばして解放してもらい、すぐに横を走り抜けました。悪漢でも悪ローブでも効き目は抜群です。もちろんまだ気は抜けません。とっととこの場を離れるべきです。背後を気にしながら頭を回します。……そうです!とっとと離脱べきなのです。そんな方法を、わたしは知っているはずです。

「くそっ……油断した……っ!しまっ……!」

 魔法の発動までの時間までちょうどよく稼げています。周辺の空気を撫でるように感じ取りつつ、倒れて意識のないテトラさんに肩を貸して、

「待て!」

 待てと言われても待ちません!街の外ほど遠くでなくとも構いません。とにかく、ここでない場所であれば……早く、間に合って!

 ―――瞬間転移(テレポート)








 直後、再び浮遊感を得たわたしの身体は真っ逆さまに落下していました。どこでも構わないとは思っていましたが、空中はできればやめてほしいところでしたが!落下する身体が地面に打ち付けられないようにする方法は知りません。それでも瞬き一つもするくらいの時間が過ぎるとすぐ、背中にかかる打撲性の痛みと、わたしの上にのしかかったテトラさんの重みを感じることになります。命があるだけ何よりです。でも、ど、どいてください!重たいです!

「マ、マリーちゃん……!?」

 落下地点は馬車の荷物の上。衝撃で木箱が割れているのが布越しにわかります。地面であればぺちゃんこだったかもしれません。テトラさんから這いずって抜け出そうとしながら、わたしは名前を呼ばれた方を見ます。人間状態のクロルさんでした。見えませんがすぐそばにウォーレンさんもいるということでしょう。ここならきっと安心です。ひとまず荷台から降りることにしましょう。

「あっ、え……?きゅ、急に空から降ってきたみたいに見えたけど……というか、一緒のその女の人は……」

 いくつか説明が必要です。が、先にウォーレンさんの居場所が知りたいです。

「ウォーレンさん……?えっと、なんかアルカちゃんの魔法陣の方でトラブルがあったようだって行っちゃったけど……」

 アルカさんの……そ、そうでした!肝心なことを忘れていました!まさに優先して伝えなければならないことがありました。とにかく急がなければなりません。まずはテトラさんを降ろすのを手伝ってください!

「う、うん!えっと、この人のことだよね?」

 荷台に上がったクロルさんはわたしの隣に立ちます。ではせーので力を合わせて……。

「うんしょ!」

 わっ!両手で引っ張っていたテトラさんの身体が急に持ち上がり、必死につかんでいたわたしもそれに引っ張られてこけそうになりました。

「あっ、ご、ごめんなさい……」

 目を伏せ、尻込みがちに謝る彼は、そのままテトラさんを肩に担いでしまいました。どうやらわたしは不要なので、テトラさんを持っていた手を引っ込めました。もしかすると、今日の出来事の中で一番驚いたかもしれません。

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