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61.












 ぷぎゃっ!

 急に鼻先に強い痛みを感じます。もしかすると血が出ているかもしれません。同時に身体に強い浮遊感を覚えます。いえ、そもそも足が地面についていないどころか、お腹の辺りから持ち上がっているみたいです。今突然浮き上がったというよりは、長い間浮き上がっていた様子で、意識がはっきりするごとに浮遊感自体への違和は失せていきました。けれど……うぷ、お腹が強く押し込まれてお昼ご飯を吐き出してしまいそうです。

 抱え上げているのはまさにテトラさんで、場所は、四方の視界が開けた屋根上からいつの間にやらどこかの狭い路地。しかも家壁に張り付いた状態です。小窓の突き出た場所にわたしの鼻が激突したものと考えられ、まさに目の前にその犯人たる木枠が見えます。

 と、直ぐに身体があらぬ方へとあらぬ動きで引っ張られます。物はまっすぐ下に落ちるという常識を覆しながら、抱えた人間が壁を蹴って離れた様子です。見えていた窓枠が遠ざかった後を見ると、空気を劈く音を立てて荊のトゲ……にも似た黒が急に、痛ましく生え茂りました。身体を貫かれたら事……間違いなく魔法の類です。

「ねえ、そろそろ諦めるってのもどうかなぁー。それ抱えながら防戦一方だと、そっちに勝ち目はないでしょ」

 壁を伝いながら移動する高さ、人が縦に三人分。狭い路地のその下に立つのは例の黒幹部ローブです。状況が呑み込めてきました。最後は確かあのローブに魔法を使って何かをされた所。あそこから時間が経ち、今はひとまずテトラさんが応戦中の様子。彼の言い分では劣勢とのことですが、それでもわたしを庇ってくださっているようです。

「はあッ!」

 跳躍の方向が急に変わり、わたしのお腹が益々嘔吐に訴えかけようとします。そこを堪えると、テトラさんはわたしを小脇に持ったままでくるりと後ろ返り、そのまま踵を黒ローブの脳天に……。

「それだってもう四度は試してダメだったじゃん」

 落ちません。空中で硬い何かに妨げられ、それに直ぐ反応して一蹴り、距離を置いて地面に着地します。ようやくこれでわたしも生きた心地がします。

「ちっ……」

 肉体攻撃は全部、透明な魔法の盾が弾き返すわけです。確かにこれはテトラさんの不利で間違いないでしょう。こんなズルに真っ向から勝てる気配はありません。

「こっちも早めに戻りたいんだよね、後の仕事に障るから」

「黙れッ!……大丈夫……」

 応援を呼べているならこの状況を覆すことも可能でしょうがその模様もありません。ならばおそらく、相手の黒ローブを倒すことは不可能です。テトラさんもそれは重々承知のはず。ならばここは逃げの一手です。すぐにでもそうしないのは……簡単に逃がしてくれないからでしょうか。

 見ると、彼女は腰元の装備に手を当てています。前に使ってた煙幕の小袋でしょうか。ハーツさんから逃げるときにも使った小技です。なるほど切札というわけです。もちろん、切り所を間違えるとますます首を絞めてしまうことこの上ないので冷静に見極めているのでしょう。

「……ッ!」

 また急に大きく跳んだかと思えば、直後あの黒い棘が今度は地面から飛び出しました。さっきからどうやって出現位置を感知しているのかは分かりませんが、でもとんでもない反応。左右の壁を走り、蹴る。ローブも手が空いているからと攻撃をいくつか飛ばしてきますが、上体を捻って躱します。余裕がありそうですがしかし、急にテトラさんが針路を変え、後方へ飛び退きます。何かと思えば目の前に棘。こうやって自由に動き回れない理由を作られていそうです。でも……。

「……捉えた」

 一本、線が見えました。黒ローブに向かって伸びる線。その線をなぞるように動き、急接近。間合いが詰まり、攻め手の選択肢が一気に増えます。掌底、打、姿勢を大きく変えて回し蹴り。最後こそ意表を突くような蹴りですが魔法の盾がすべて簡単に咎めます。けれどおそらく、テトラさんとしてはすべて当てる気がない攻撃です。本命は、それらを防がせた時にできた、狭く小さい隙。その隙に、あの煙幕を……。

「はぁあ、三分遅刻ってところか……」

 その時、大きな揺らぎを感じた後にわたしの身体は唐突に浮力を失います。うぎゃっ!わたしの身体は地面に強く叩きつけられました。ちゃんと抱えてていください!……ということでもないみたいで、わたしに覆いかぶさるように、テトラさんは倒れ込んでいました。さっきまであんなに素早く動いていたのに、ピクリとも動きません。外傷はなく、おそらく気絶です。でも何故急に……。

「まったく……魔法抵抗もない連中が我々に敵うわけもないってのに……ホント時間を無駄にしちゃったなぁ」

 黒ローブは左手の親指を人差し指を擦り合わせながらため息をつきます。つまり、最初から勝負は決まっていたということです。最初からずっと、時間をかけてでも確実に昏倒を狙える何か、何か大きな一手を保険として使っていたのでしょう。余裕さやむしろ時間を気にしていたあの態度も頷けます。勝ちが約束されているなら、後は急ぐだけです。

「あれ?……あ、もしかして今の衝撃で解けちゃったか。はぁ……かけ直すのだって面倒なんだけども」

 状況理解に勤しむわたしの様子を見て、意識が戻っていることを確認したのでしょう。黒ローブはもう一度わたしの方へ腕を突き出して……。

「さぁ、ほら」

 ""来い""


 わたしはその言葉に従い、彼の側へ近寄ります。とはいえ、テトラさんが接近していただけに二歩ほど前へ出るだけです。彼を顔を見つめて静止。それを見て満足したのか、黒幹部のローブはわたしの首根っこを、白い髪の上から乱雑に掴み上げて引っ張ります。抵抗しないわたしの身体は自力で立つことすら辞めて、腕は無気力に垂れ下がりました。

「さて」

 彼は路地の先を見ます。移動を検討しているのでしょう。仕事があるとも言っていましたから。



 つまり、わたしから一瞬でも意識が逸れたということです。

―――集火ブレイズ

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