59.
「ヤダ」
即答です。
「何で私がそんなこと」
だって、難破船としてこの人流の小島に行き着いたわたしの目前、偶然テトラさんまで流れ着いたのです。ここはひとつ、わたしのためになることをすべきです。
それどころか、テトラさんの脚力なら民家の上に登ることは造作もないでしょうし、なおさら効率が良いはずでしょう。
「だから、何で私が貴女に協力しなきゃならないの」
テトラさんは益々不機嫌さを強めます。親玉さんと違って気前の良さに訴えかけることはできない人のようです。でも、ちょっとご足労願う程度のことですから、乗ってくれてもいいと思うのです。
むしろお聞きしますがこれから用事があるのですか?
「うぐっ……」
見立てでは特に忙しそうには見えませんし、親玉さんと同行していないあたりは仕事中でもなさそうです。急いでいるわけでは無いのだと思います。
「……」
推測としてはガサツでしたが、まさに図星を打ち抜いたようで、テトラさんは目をそらして、
「雪の影響で外の仲間としばらく連絡が取れていなかった。だから、主様が今その辺りを全部捌いてる」
なるほど、待ちぼうけというわけです。
「お暇を頂いた、と言え。……先日私が撃たれてから少し気を遣われている様でちょっと淋しいんだ」
不機嫌さの理由も大体見えてきました。優しい気持ちが必ずしも嬉しい気持ちに繋がり得ないことは既に何度かの実証を伴っていることです。むず痒くも感じてしまうことですが、嘆いても詮無いことです。実際に何をしてもらいたいのか、ちゃんと言葉で伝えるのが大切……という結論になるのでしょうか。でもそれが難しくて遠慮という言葉が生まれている側面もあります。
とはいえ今はそんなこともわたしには他人事です。そんな他人事なわたしに是非とも今ここで恩を売るなどしておけば、いつか得するかもしれませんよ。
「いつかって……はぁ、まったく……」
テトラさんは気だるげに、
「別に貴女のためじゃない。組織に狙われてる少女を独り見捨てて行くのは仁義に悖るってだけ」
ハーツさんみたいにわたしのことを軽々持ち上げます。丈では負けていますがそれでも一気に周りが見渡せるようになりました。さすがに小脇に抱えたりはしないようです。
「だから魔法陣の近くまで送るだけ。用があったのなら別の日に大人を連れてまた来ればいいでしょ」
わたしは口をとがらせましたが、確かに当然です。事を早く済ませたくて飛び出してきましたが、手紙の件はハーツさんに任せてもよかったはずでした。
屋根や壁からのルートを使えば人混みの心配など無用です。今回はわたしに配慮してかゆっくりと移動してもらえています。もしこの現場をハーツさんやウォーレンさんにでも見られたら……血相を変えてとびかかってしまいそうですが。
「その時はちゃんと貴女が説得して」
もちろんです。ご厄介をかけているだけにこの上外傷のご厄介までさせるわけにはいきません。都合の良い移動手段にもなっているわけですし。
「……人を馬みたいに……」
これはさらに機嫌を悪くさせてしまったようです。彼女の気分ひとつでわたしの身体は宙に投げ出されることですし、刺激になることは口にすべきではないでしょう。
「まぁでも、それで言えば……」
テトラさんは話を取り換えて、
「あの魔法陣、私や主様もあれを使わせてもらってるけど」
確かに、ここに来ているということはそういうことになります。
「私はひと月くらいなら食事を抜いても耐えられる。けど仕事が全然回らなくなってしまって主様も本当に困ってた。どこの誰か知らないけど何もないところから転移魔法陣なんてよく作ってくれたと思う。主様もかなりありがたがって……ねぇ、何その目」
バレちゃいました。むしろ気が付いてほしくて自慢げな視線を浴びせていたのですが。ホントのことを話すべきでしょうか……うーん、でも、ここは黙ったままでいるのも面白そうで悩みどころです。
「……なるほどね、はいはい。貴女達ね」
わたしが悦に感じ入っていると、どうやらテトラさんがその様子から察してしまったようです。
「思えばベリルマリンで魔法使いの心当たり、ってだけで答えだったのかも」
ではもっと褒めてください!アルカさんの分までわたしが今受け取って後でお渡ししておきます。一番頑張ったのはアルカさんですから。
「アルカ……あぁ、私の怪我直してくれたあのローブの子?」
テトラさんは今わたしを抱えている右腕を、左手で触ります。脚の方も見ての通り完治しています。怪我を作ったのもわたし達でしたが。
「私達の仕事ではあんな衝突、当然起こること。むしろ和解して怪我の面倒まで見てくれたことには恩義を感じる」
雪降らしのドラゴンが雪掻きの手伝いをして褒められたかのようで、ちょっと曖昧な気持ちになります。なので、今のこれをテトラさんによる恩返しということにしましょう。わたしもそれで一つ手を打つことにします。
「偉そうに……」
今のわたしは、ちょっと身を乗り出せばテトラさんより背が高くなるので実際偉いのです。
「……はいはい、なら好きに――」
テトラさんは急にその歩みを止めます。どうかしましたか?
「あそこ。揉めてる」
そろそろ郊外に至るかと思えば、森に続く方の道の傍らで誰かが話をしています。大勢の人の一角となって下にいる人たちは特に気になっていないようです。けれど、あの異質な格好は上から見ればかなり目を惹きます。あれは……。
「ひとまずこっち。隠れる」
黒色のローブです。
「貴女、あれに狙われてるんでしょ」




