57.
市長さんのお連れの人たちが、アルカさんの案内を受けながら転移魔法を実際に体験しています。荷馬車に乗るのとはワケが違いますから、説明や準備の注意などはあくまで細心まで気を配っているのです。わたしはそれを、なんとなく面白くない気持ちでお店の椅子に座って眺めていました。
「良かったわよ、さっきの」
隣に座って飲み物のコップを置いたのはハーツさんです。ウォーレンさんと人の姿に戻っているクロルさんとはあっちで市長さんのお喋りを聞いている、もしくは聞かされています。さっきのってなんの話ですか?
「決まってんじゃん。あの背広に一言ケチつけてやってたこと。あーゆう見栄っ張りには、舐められないようガッといかないとね」
その話ですか。わたしは自分の名前を蔑ろにされたくないだけです。
「当然よ!ほんっと、子どもだからって上から目線で……マリーも、あんな一言だけじゃなくって、もっともっと言ってやってよかったのよ?」
なら、次のための練習もしておこうと思います。
「いいわね、それ」
いつもと違っていたずら好きな女の子になった彼女はニッと笑いました。
クロルさんの正体は市長さんにはそれとなく伝えたそうです。しかしそのうえで、この魔法陣はわたしとクロルさんとアルカさん三人の合作、という作り話にまとまりました。街の人全員にクロルさんの正体を伝えることは憚られ、しかしそれだとクロルさんの頑張りを伝える術がなくなってしまいます。そのためご主人さんが考えた台本では、まずわたしたち三人が七日前に仮完成させた魔法陣で既に私たち一行が何度もテレポートに成功して物資を運びこんでいた、そして今日、実際に誰でも使える安全性を担保した本完成を迎えて市長はそれを報告された、ということになっています。もちろん、実際の完成日は昨夜で、それまでの移動はクロルさんに頼り切りでした。今さっきのアルカさんのテレポートがわたし達が見守る中での初使用になります。曰く、一応事故の可能性は極端に低いとのことでしたが。
この台本に従えば街の方々から見たとき、ドラゴンのことを伏せてしまうと出所不明だった今日までの物資のことも一応説明がつきます。クロルさんもおそらくわたしも、欠けていれば完成しなかったあたりは、合作という言葉も真っ赤な嘘とも言えません。でも本当はあの魔法陣は全部アルカさんが頑張ったものなのです。それを知らないで、あの人たちはあれを使っているわけです。なんとなく納得がいきません。
「まぁちょっとモヤモヤするけど、本人はかなり満足してるみたいだしいいんじゃない?」
わたしは机に寄りかかり、自分のコップの取っ手を指でなぞりました。そういうものでしょうか。それに嘘を吐くにしても、クロルさんやアルカさんほど大きく貢献したわけではないわたしのことは除いてしまってもよかったとも思います。せっかく嘘をつくなら、という算段なのでしょうけども。
ちょっと時間が経ってから姿勢を正すと、ハーツさんは肘をついてぼんやりとしています。コップに口をつけながらその視線の先には、言葉を詰まらせながらもウォーレンさんの援護を受けつつ市長さんのお話に頑張って応じているクロルさんの姿がありました。この日ばかりはクロルさんを連れて来ないわけにはいきません。功労者を除け者にして良いはずもありませんからね。クロルさんも、人間の姿でちょっと頑張ってみる、と意気を見せていました。そんな頑張りを見守るハーツさんは、なんだか遠いところを見るような眼で、
「クリオール……」
ぼそっとそうこぼしました。
「ん?ああ、えっとね。あの子自分の名前を考えたとき、住んでた場所の地名がそんな名前だったって言ってたじゃない」
確かそうでした。
「でも『クロル』なんて土地、あたし知らなくて。ベリルマリンの近くにそんな名前の場所あったっけってずっと思ってたのよ」
なるほど、確かにクロルさんがこの街に流れ着く距離となると出身地もまだ近場に限られるはずです。そこで、クリオールですか?
「そう、昨日ぱっと思い出してね。飛んでる時にマリーも遠目に見たかもだけど、この街から少し離れたとこにあるでっかい山。あの山とその近くあたりがクリオールってとこなの」
つまり、そこがクロルさんのご実家なんですね。当のクロルさんは気が付かなかったんでしょうか?
「上から見て自分の家がどこかなんて、それこそ何度も近くを飛んでないと分かんないもんなんじゃない?……って、ちょっと適当に言ってるけど」
でも、そんなものなのかもしれません。わたしも大きな山はたくさんあると思いましたが特徴のある山だとは思うものはありませんでした。その証拠に、ハーツさんには言えないのですが今の話だけではわたしが見たどの山のことなのかピンと来ていません。
「うん。で、それでね。クリオールといえば一つ有名な話があるの」
ハーツさんは思い出すように話しました。
「あの山とその山に棲む生き物たち、まとめて全部ありがたーいものとして崇拝する、って風習が、麓じゃ昔はあったんだって。特にドラゴンは『クリオールの氷霊龍』って。ほとんど神様みたいなものだったんだってさ」
それって、つまり……。
「でね」
ハーツさんはわたしの推測をすっと打ち切って、
「そのクリオールの氷霊龍ってのにもちょっとした伝承があるの。いわく、その龍の怒りに触れると……」
それで、ハーツさんは窓の外を見ました。わたしも窓の外を見ました。未だたくさんの雪が積もっています。本当にたくさんの。例年では見ない量だとか。
わたしは目を瞬かせながらクロルさんを見ました。口籠りながらも市長さんに言葉を伝えようとするクロルさんは、邪なことを考えているようには全く見えません。でも、過失として自分のコントロールを失ってしまいそうな危うさは感じられます。それこそ、混乱してわたしとアルカさんに襲い掛かった事例もありました。
「まっ、ホントのことはなんも分かんないし、ついこの前までのあたしならとやかくは言ってたかもしんないけど」
わたしの方を見て、
「思ったより、そういうのでいいのかもね。結局事は収めてくれたわけだし?」
ハーツさんはまたニッと笑いました。




