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56.

 明朝、人除けの魔法をかけたままわたし達は再びクロルさんの大きな背を借りて森から飛び立ちました。今度の飛行では胴に大荷物を括り付けてあります。どんな飛び方をしても外れない……とまでではありませんが、多少動きが荒いくらいでは解けないことでしょう。わたしが背中に乗せたらぺちゃんこに潰れてしまうことでしょうが、クロルさんは物の数に数えていないご様子で、余裕のある翼の羽撃きでゆったりと宙に浮き上がりました。高度を上げて、空気を裂いて、昨日せっせと出入りしていたあの街がまた手のひらの中に収まりました。昨日のわたし達のことを激しくその目で追いかけるぐらいだった街の人達は、もっと目を惹きそうなこの巨大飛行生物など気にも留めていない有様です。魔法の効き目がうかがい知れます。

 再び始まった空の旅は、もちろん、山々を見下すなんて傲慢な行いに飽き飽きするわけがないのですが、一度飛んだ空の道を逆に辿っただけでは思ったよりも見覚えのあるものばかりです。再び世界が雪の白へと色を失ってしばらく。それがふと途切れて地平の弧の先から海の青が溢れ出すと、あの街に帰ってきたことを意味しました。出発の時はハラハラしたものですが、結果は帰り道まで全く問題ない航行になりました。

 着陸もあの丘。早速宿のご主人へ成果提出です。クロルさんは街中へ連れて行かない方がよいという話だっただけに、申し訳ないですがハーツさんと一緒に丘の上でお留守番してもらうことに。運んだ荷物もまとめて透明化をかけて、後でご主人さんをここにつれて来ようと思います。

「アルカはこちら側での準備とやらに移らなくて良いのか?」

「クロル君に乗って帰ってくる間、結界をどこに作るのがいいかなーってずっと考えていたんだ。けど、そこも併せて相談しに行こっかなって」

「確かにそれが良いだろう。今後の用途の見通しと在り方によって何処に設置すべきかも変わるはずだ」


 降雪から日が経過した街路の雪は人通りを許す程度には片付けられていました。解けて消えたのではなくただ路肩に追いやられただけであり、小径への入り口はむしろ降った直後よりも通り抜けが困難になっています。未だ、この街は窮地にあります。街に漂う肌の上を走る張り詰めた空気感はわたしに、前日のお買い付けの時とはまた別の疲れを呼びました。

「大丈夫か?」

 問題ないです!それもこれももう全部何とかなるはずです。

 紙類と勘定の管理に追われていたらしきご主人さんを宿の近くでどうにかこうにか捕まえて、とうとう帰還報告と立地相談を行いました。荷物のある丘まで案内し、その実物を見たご主人さんはそれまで強く追い詰められて悴れた様子だったお顔を一気に緩ませます。心の中だけでも雪解けを迎えたようでした。まだまだ最初の一歩。これを何度も繰り返すと思うと途方もないですが、急場を凌ぐだけの力を手に入れただけ小さく希望的な心地にもなってもらえたでしょうか。

 並行している計画の方ですが、今後街の方々に使用を検討されても良いように、宿の一階の一部屋、貸し出し用のブランケットや蝋燭などを押し込んでいた部屋を割り当ててもらえました。ここならアルカさんも集中して作業を進められることでしょう。




 そこからの数日は、光明が見えただけまさに激務とも言えて、わたしのこの半生の中でもっとも忙しく動き回った時間だったと言えます。早朝に竜の身体に跨ってウォーレンさん、ハーツさんと離陸。雪の外へ抜け出した先の街で物資を買い込みます。アルカさんを乗せていくときはあの森を寄ることになりますが、基本的に買い物の目的地は日ごとにバラバラで、航行毎に全く別の景色の街路を右往左往しながらお仕事をしなければなりません。見慣れない場所に何度も晒されるのはかなり疲れるものです。加えて行き帰りの時間はクロルさんの背中で長時間同じ姿勢でいなければならず、これが思った以上に身体に負担をかけるようです。内腿と両腕が張ってしまいました。これだけ身を粉にしても、雪の街が季節を安心して越えられるほどとは言えないそうです。当然と言えば当然ですが、事実として聞くとがっくりと来てしまいます。

 しかし、その一心な労働から解放される日は思ったより早かったです。宿場の物置の一角、床一面にびっしりと広がったチョークの模様は、壁の一部にまで上り詰め、手前側の机には釘打ちされた羊皮紙と、その上にインク瓶。手で触れている人は誰もおらずペンの用意もないというのに、紙の上には黒い文字が現れては消え、また現れては消えていました。奥にはわたしの腰元くらいの高さのツボが三つ、内容物は水と聞いていますが変色して紫色になっています。

 先程まで隣にいたアルカさんが魔法陣を起動して、天に召されるかのように光の粒と束の中に消えてから、軒先で解けた雪が雫となってぽたぽたと、大体二十は垂れ落ちた頃です。ふっと光が空気の真ん中に集まって、線を編み、球を蒐めて、やがてだんだんと、見慣れたロッドを持った濃碧のローブ姿に近付いて、そして、

「……成功、だねっ!」 

 自慢げなアルカさんになりました。

「いやはや、素晴らしい技術だ」

 一連を見守っていたウォーレンさんの隣、パリパリに伸ばされた黒い背広に几帳面なほど整えてネクタイを締めたヒゲの男性が、拍手をしながらそう言いました。宿のご主人さんもそれに同意しています。

「間違いなく今この街に必要で、そしてこれからこの街を救う魔法と言えるだろう」

 この人の目にこれを見せたのは、ただクロルさんを取り巻く現状をずっと分かりやすく解決するためにご主人さんが提案したものでした。街の責任者……市長さん、の階級に相当する方だそうです。ここに連れて来られるまでもずっとそうでしたが、態度や挙措がどうも偉そうでわたしは嫌いです。

「このベリルマリンの古今稀にみる危機に際し、懸命に活路を探し、見事に使命を成し遂げた勇敢なる子供たちには、私は感謝してもしきれんくらいだ」

 本当にありがとう、と言ってアルカさんに手を差し出しました。もっと短く済ませられないのでしょうか。アルカさんはわたしと同じ気持ちなのかそうでないのか、いずれにせよそんなことには触れず、ただ手を握り返しました。

「君と、そこの君も。このテレポート装置のために奮闘してくれてどうもありがとう」

 わたしは『そこの君』じゃありません。マリーです。

「あぁすまないね、マリーちゃん。それとクロル君も。本当にありがとう」

 非を認める気持ちがあるならわたしも握手を拒むほどではありません。普通の子供よりも大人なので。

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