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53.

 まずはウォーレンさんが独りでその背に登ります。わたし以外はこのままでは二人を視界に捉えることができません。ですので皆さんと一度手を取って……

「うん、大丈夫よ。確かにそこに見えるわ」

 これで見えるようになったはずです。流石の身のこなしでひょいと登り上げるウォーレンさんは、トントン、とクロルさんに合図を送りました。羽撃きが一つ、遠くからは風で雪が舞い上がったように見えるのでしょうか。大きな図体が丘を離れ、座ったドラゴンの形の大きな窪みを残してそのまま少し高度を稼ぎます。一度目は試験飛行です。乗り心地と飛び心地を確認するだけに留まり、低い高さで大地を撫でるように飛んで、そして帰ってきました。大きく翼をはためかせて、空気を揺り動かして、ふわりと着陸。これだけ大きな物体が高さを持って地に落ちたにしては優しい音でした。ドラゴンの背からひょいと飛び降りたウォーレンさんは、

「彼曰く、問題ないらしい。荷物も余程の重さでなければ余裕があるだろうと、そう感じるとのことだ」

 でしたら……!

「あぁ。何往復かの飛行も考えられる以上、時間は掛けたくない。早速出発しよう」




 ハーツさんの所持品にロープがありましたので、クロルさんの首を経由した後に、前から乗る順にわたし達の体へ巻きつけます。もしもの時のための備えというやつです。腰元にぎゅっと縛りつけました。両手で掴んで加減を見ます。かなり頑丈なロープです。これならわたしが振り落とされたときもお腹を激しく引っ張られるだけで済むことでしょう。ふんふん、わたしの夢にも一本欲しいアイテムです。三回のうち二回は水中に沈んでいますから。

「取引用の台帳は持ったわよね?」

「ああ」

「地図は?」

「ここにある」

「なら、準備万端ね」

 ハーツさんはウォーレンさんの背を叩き、

「それじゃ……マリーとアルカのこと任せたわよ」

「何を言っている。君も来るんだろう」

「……え?」

 ハーツさんは頓狂な声を出します。どうやら自分が乗ることを想定してなかったようです。

「な、なんであたしまで!?」

「何故と言われても、むしろ乗らない理由もないだろう」

 ごもっともです。なぜハーツさんだけお留守番だなんて想定していたのでしょう。ウォーレンさんに抱え上げられてわたしはクロルさんの首の後ろによじ登り、短時間の間に背丈が大きく伸びました。よろしくお願いしますね、と優しく撫でると低く咆えて応じてもらえました。次にアルカさんが乗せられ、腰へ巻く作業の為に後ろにロープがゆるく引っ張られます。よい景色。あんなに大きく見えた大人たちが小さく見えます。見下ろすようになったハーツさんに手を振ります。早く登ってきてください。楽しいですよ!

「いやだって、ウォーレンとマリーが必要なのはまあ当然だし、アルカはあの……何ていうのか忘れたけどあれのためにも行かなきゃだけど、あたしは行く必要ないでしょ。てっきりあたしは乗らないものだと思ってたのに……」

 わたしの意見としては、居てもらえるだけでも全然違います。ウォーレンさん独りでは大変なところも多いことでしょうし。ひょっとして一緒には来たくないってことでしょうか……?

「そうは言ってないけど、でも人数はそんなに多いよりかは……」

「あっ、さてはクロルくんにまだ遠慮してるんでしょ〜。ほらほら、そんなの関係ないって話じゃん!」

「いやその、遠慮とかそういうんじゃなくて……」

 乗らないんですか?ここから始まる空の冒険はハーツさんのものでもあるはずです。クロルさんも乗ってほしそうにしてますよ。ここからじゃお顔は見えませんが、そんな気がします。

「……あぁー、もう。分かったわよ……」

 願えば応えてくれるのがハーツさんです。登り上がって簡単にアルカさんの後ろへ。流石の身体能力です。最後にウォーレンさんが位置について、全員揃いました!

「巻き終えたか?」

「今やってるわよ。……できたわ、ほらどうぞ」

 最後にウォーレンさんが巻き終えたロープが後ろから帰ってきて、わたしが受け取り、先端の鉤をクロルさんの首の部分のロープにしっかり引っ掛けます。これでちょっとした手綱となったので、最後尾のウォーレンさんにまたお返しします。準備完了です。

「……ハーツちゃん?」

「あんまこっち見ないでよ、その……ちょっとだけ怖いってゆーか……」

「アルカとマリー越しに首元をしっかり掴んでおけばいい。両腿にも力を入れればそう振り落とされることはない」

「うっさいわね、ちょっとだけって言ってるでしょ!」

 わたしは大きな期待に胸を膨らませています。ハーツさんの腕が丁度よく肘掛けの位置です。視界のすぐ左右には大きな翼が、これから動くことを予感させて雄々しく構えています。

「では行ってくる」

 地上、残ったご主人に手を振って一時の別れを告げます。頑張ってきます!期待して待っていてください!離陸の準備が始まって、わたしはクロルさんにしがみつきました。

 翼が大きな風を伴い、震えを生み、身体が重さを持ち、そして、勝手に陸を離れていく。慌ただしく揺れ動く胴に引っ付くと、竜の巨体の太い筋肉が隆々と蠢動するのを感じる。そして、わたしは翔んだ。低空では収まらない。何処までも高度を稼ぎ、空を漕いで、進路からは冷たく心地よい空気が吹きっさらして、そして、あんなに高く見えた木々も、家も、店も、山も、全部、全部、全部を超えて、更に雲の彼方を目指していく。そして……

 そして、海の全てが見えました。空と海の境界が緩く弧は冷えて締まった世界にくっきりと描かれ、白く包まれた地上は海岸線で水の濃緑青に分かたれて、屋根の連なりと小さくなった人の動きが手のひら二つ分ほどに収まりました。

「見てマリーちゃん、あれ!」

 後ろのアルカさんが指差した方には町の郊外、海の崖の近くに位置した森が白い厚化粧をしていて、その中心付近に白帽子を被った直方体の黒岩が見えました。地上からは全く見えなかったというのに、ここからなら丸見えです。

「思ってたよりもずっと小さい森だったんだね!」

 ほんとです!

 海から遠ざかった先ではずっとずっと大地が続き、真っ白な雪の続く先には天頂を突き刺すように聳える山がわたし達を拝んでいます。雲がこんなにも近い。空がこんなにも近い。ハーツさんとウォーレンさんも見えていますか?すごく、すごくきれいです!

「ムリムリ!ホンっと今ムリだから!」

 ウォーレンさんからのお返事よりも先にハーツさんから返答がやって来ました。これを見ないなんてもったいないです!

「そうだよ!ほら、目を開けてみて!」

「うぅ……」

 ハーツさんがごねているうち、急に、雲間からは光が差し始めました。どこかに隠れ続けていたお日様がその居所を晒したのです。太陽を見つけることができた世界は喜びに心を震わせて、海色も白雪の大地も煌々と光り輝き出します。

「……あ……」

 ハーツさんの息を呑む声が聞こえました。見えましたか?

「うん……凄くきれい……」

 わたしはハーツさんが回した腕を手に取ります。

「宝石……みたい……」

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