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52.

 海から離れた広い平野は街の中心以上に雪が高く降り積もり、地面から立てばおそらくわたしの腰元まで隠れる程でしょう。よって、わたしとクロルさんはハーツさんの腕を一つずつ借りて丈を稼いでいます。いつか言っていましたが、本当に二人でも大丈夫とは。誰も触れていない真っ白な世界に線をつけ、少し離れた丘陵へわたし達は来ていました。街からこれくらい離れたところならクロルさんも大きな危険なしにドラゴンに戻ることができます。

「ねぇ、ほんとにやるの?」

 わたしの提案を聞いたときもそうでしたが、ハーツさんは懐疑的になっています。状況を解決する良い手段だとは思いましたが、突拍子もない考えには変わりありませんので無理もないです。

「先程も話し合ったが、やはり現状が急を要する以上、突破口となる可能性は全て試すべきだ」

 アルカさんを背負ったウォーレンさんはそれだけ応えました。




 ドラゴンとは翼を持つ生き物です。翼とは鳥のように空を翔ぶためのものであり、空に雪は積りません。つまりクロルさんに街へ物資を運んでもらうのです。流石に貯蓄分を賄える量を背負って帰ることができないのは明らかですが、往復してはならない決まりも特にありません。クロルさんの大功績を知った街の方々は大感謝!報いる想いから住む場所まで提供してもらえる……は、わたしの当初の妄想でしたが、現実的には宿のご主人がその労に応じる形でベリルマリンの郊外でお世話をしてくれる、という関係に落ち着きそうです。その後しばらくでクロルさんと街との関係を良くしてゆきながら、機を見て打ち明ける……ところまで行けば充分でしょう。ご主人の説得は難航するかと思われましたが、人から肯定を貰うならば崖っぷちに立たされている時が効果的というわけです。わたし達の人望もあってまずは様子を見て決めたい、との段階まで持ち掛けることができました。

「さっ、この辺でしょ。どうぞ」

「うん、じゃあ……」

 ハーツさんの右肩側から降りたクロルさんは、息をふっと吸い込んで、すぐにもその身体は再び光を纏い、骨格は滑らかに形を変え、すぐにでも見上げる程の大きさに成長しました。背が高いのは羨ましいことです。雪にも埋まり切りません。威風のある佇まいと切り裂くように見開いた瞳孔も健在でした。宿のご主人さんがそのドラゴンに驚きを隠せない様子なのはもちろん、ウォーレンさんの背から降りたアルカさんがてとてとと近づき、ごく自然とその青白色の竜と触れ合う姿を見て輪をかけて驚いています。

「調子は大丈夫かな。翼が動きにくいとかない?」

 アルカさんの問いに首を近付けて小動物のように懐いたドラゴンは低く呻いて応答します。両翼を雄に揺らせて風を巻き、これは問題なしの方の回答です。実験を敢行するにも問題ないでしょう。

「じゃあ次はマリーの出番ね、気を付けて」

 ハーツさんの左肩は名残惜しくも、わたしも本策の提案者として役割を果たさなければ。

 この作戦の見過ごせない大きな危険として、飛翔する生物は地上からあまりにも見えやすいというものがあります。特に降り立つ際にその姿を認められてしまうと明らかな警戒を招いてしまいます。もちろん目的の街の着いたとして、どうやって来てどうやって帰るのかを第三者に問われると、言い訳やごまかしをする以外に答えようはないでしょう。けれど現場を押さえられた場合は言い訳の余地すら与えられません。

「がんばってね、マリーちゃん!」

 アルカさんの応援を一心に受け、わたしは空色の美しい竜に近づきます。触れる距離まで来ると首から先は見上げる程になり、脈打つ彼の躯からその生を感じ取れました。アルカさんと練習は幾度かあったものの、うまくいってほしいですが……。



 数日前、わたしが誘拐に遭ったとき偶発的にもわたしの身体が透明になったことがありました。親玉にも尋ねられましたが原因も方法も結局解らず仕舞い……だったのがあの日のお話です。ウォーレンさんと大切なお話をした日から先、あの奇妙な現象が気にならないわけがなく、わたしはアルカさんに相談を持ちかけていました。

「うーん……あっ、チェイムが作ってた透明化の魔法薬の発想が使えるかも?えーと、確か……」

 アルカさんがまめに付けていたメモ書きには、わたしと出会う前に魔法使いの皆さんから吸収した知識も記されており、その蓄積はわたしにかなり大きな刺激を与えてくださりました。チェイムさんによる透明化の魔法は光に関係する技術で、空間中の光の力を上手に調整する方針で実現する魔法なのだそうです。

「でも光魔法って一般的に安定感がなくって、大抵は魔法薬やカードを使って作り置きしておくんだ~。頑張れば今の僕でもそういうのを作れなくはないけど、一年とかは全然かかっちゃいそうかも」

 そこについては特に問題にはなりません。なんとなくできるという確信があったのです。あの日炎を手のひらの上で遊ばせたように。

 ドラゴンの身体に触れて、意識を集約し、眼を閉じます。呼吸は乱さず、一つ一つを丁寧に。階段を登るようなものです。時間をかけてゆっくりと……。手に強い力が集まるのを感じ、眼窩の奥で沸騰するように熱い血が巡ります。さぁ、仕上げ。

「……すご……あの時みたいにホントに見えなくなった」

「やった!成功だよ、マリーちゃん!」

 自分の功績が確かめたくて、眼を開き、ご友人から手を離して、雪に足を取られてそのまま埋まってしまわないように気をつけつつ何歩か後ろへ下がります。

「あっ、出てきた」

 そして前を向くと、そこにいたドラゴンの友人は忽然と姿を消していたのでした。まさか今の一瞬で大空彼方へ翔び去った……のではないのは明らかですが、念の為。―――ᛢᚢᚨᛖᚱᛖ

 探しの魔法で見つめれば簡単にクロルさんの様子を捉えることができます。そこにいるのに全く見えない。これがわたしの考えた答えです。

「確かにこの様子なら着陸場所を工夫するだけで見つかる心配を無くせるだろう。……なるほど、この辺りからだんだんと見えるようになるのか」

 ふとしたこと、時間、わたしの集中次第など、いろんな原因で効果が失われてしまうと推測されますがよい解決方法です。接近すればちゃんと見えるようになる上に、より近くにいればわたしたちも一緒に見えなくなる。わたし達の身体だけが宙にぽっかり浮いている、なんてこともないわけです。

「カンペキだね!二人でいっぱい考えててほんと良かった〜!」

 調整の感覚が上手く掴めない間はアルカさんに有意な意見をたくさんもらい、それでここまで様になる形にできたので、実際はほとんどアルカさんの創った魔法とも言えます。わたしの実際の役割は杖くらいなものです。

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