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51.

 小さな休息の後に話されたのは、クロルさんが言った『ばぁば』さんの住所、ですが、元住所と表現するのが説明上は正しいのかもしれません。

「確認したところ二月ほど前だそうだ。クロルがその御仁と会えなくなった時期とも重なるのだろう」

 クロルさんは特に何も言わずに頭を縦に振りました。答え合わせになったようです。

「親類の人は?」

「もちろん調べてある。住所も同じだ。だが……」

 ウォーレンさんは少し言葉を詰まらせて、

「経営破綻の影響もあったらしく、雪解けの頃には引き払うらしい」

「経営ってなに売ってたの?」

「武器商だ。この倉庫も昔はその為に建てられたものだったらしい」

「ふーん……そこにドラゴンの子が、ねぇ……」

 ハーツさんは腕を組んで、数奇なものね、とこぼしました。経営破綻、とはつまり、お店が何らかうまくいかなくなってしまったということだとわたしは解釈します。剣や装具を売買しているのなら、それが不振になった、と。

「確かに十年前なら繁盛してたことでしょうけど、今はって感じよねぇ……」

「えっ、でもそれだと……」

 アルカさんはこの話における問題点を指摘します。クロルさんです。しばらく後に引っ越しを検討しているお家に、ドラゴンの子供を事情を話して引き取るなり面倒をみてもらうなり……どうあっても取り合ってもらえないことでしょう。『ばぁば』さんを慕ってもらえていて無下にしたくない気持ちを持ってもらえてようやく交渉の土台といったところです。その筋が怪しいともなれば、クロルさんは……クロルさんはこれから、何処に居着いてどう生きてゆくのか。

「うん……そう、だよね」

 クロルさんは下を向いて両の指を絡めながら、

「ここは人間の住処だし、ドラゴンが住み良い場所になるはずもないのは当然だったっていうか……」

 そんなことないです!例えばわたしたちから宿のご主人にお願いしてクロルさんもわたしたちと一緒に住まわせてもらうようにしてもらうとか!不都合ならドラゴンのことは隠して……。

「ダメ」

 わたしの提案は、腕を組んで立つハーツさんに却下されます。さては、昨夜の一件を経てもまだ意固地に……。

「アタシでなくとも、ドラゴンに抵抗感を持ってる人は幾らでもいるわ。高齢になれば特にね。そんな人がいっぱいいるところに連れて行ってもし万が一が起こったら、まずこの子はタダじゃ済まない。ドラゴン体になれば故意でなくとも街に簡単に被害が出るでしょうから、敵対されるのは間違いないわ」

 ほっぺを膨らませてハーツさんに抗議しようとしたわたしは、その説明を聞いてすぐに思い直ります。どこか感情任せに決めたものだと先入観からハーツさんを見たことは間違いだったようです。

「私もその点は同感だ。やや長期的な関係になりながら危険の氷上に立つべきではない。せめて最後の手だ」

「でもこのままじゃ宿無しだよ、クロルくんどうやってこれから生活するの?」

 問題は依然解決しません。クロルさんの顔が暗くなります。そもそもドラゴンの身体に戻らない、という選択はどうでしょうか。クロルさんにとってはドラゴンが元々の身体ですが、背に腹は替えられないということもあります。

「それについてはマリーが眠っている間に話していたが、完全に人の姿を維持し続けるのも難しいらしい」

 流石はウォーレンさんでその点も想定済みというわけです。

「お腹は減りにくいんだけど、その分気の力をたくさん使ってこの身体を作っているから……気も切れたら多分戻っちゃうんだ」

 多分、というのは?

「気の力が少なくなってくると、なんか全身ムズムズするというか、口の中がひっくり返りそうな気分になるというかで、限界まで人間の姿でいられたことがなくて」

 どっちにせよ人のまま生活するのは現実的でないようです。ドラゴンのまま、もしくは偶にドラゴンに戻って誰かにお世話をしてもらいながらの生活……いっそ、他のドラゴンを探すというのはどうでしょうか?クロルさんと同じように結果的に温厚に接し合える可能性もありますし、少なくとも面倒を見てもらえるかもしれせん。

「……現実的じゃないわね」

 ですか……。わたしの頭ではいよいよ手詰まりです。倉庫の外は雪が白く光り、今わたしたちが抱えた問題を硬く凍り付かせました。

「やはり彼が竜種として、できれば竜の状態で街に受け入れられることが望ましい。身一つで狩猟や自給自足が成り立たせられないだろうことが明らかな以上、どれだけあってもその点は動かせないだろう」

「でもさすがに無茶だよ。知らない子供でも受け入れてくれる人がいないかもしれないし……」

 議論がぐるりと回って開始地点に戻り、わたしたちの頭の中を暖炉の熱より熱く焦がし始めた頃に、倉庫の扉が金擦れる音を立てて開きました。第三者の登場は現場に一瞬の危機感を与えますが、身内と知ればそうでもありません。宿のご主人です。






「積雪で地下貯蔵庫が崩れた?」

 曰く、今季の積雪は例年を遥かに超え、更には地盤が緩んだからか、地下に作られていたベリルマリンの共用倉庫がまるごと崩れてしまったそうです。頑丈に作られたものもどこか綻ぶものですが、これは想定外が過ぎたことでしょう。貯められていたものは食料と薪。非常用だけではなく貸し倉庫として使っていた分もあり、その大半が被害に遭いました。土砂と支柱が混ざった雪に潰されたそれらが食用・使用に適さないことは簡単です。

 大前提として雪が溶けきるか道が確保されるまではこの街への物資輸送は困難を極めます。加えて今はまだ、ここから長い雪の季節の始まりでしかないのです。そのための頼みの備えが雪の白の中に立ち消えた……その意味は明らかでしょう。ご主人は自分のお店にある食料や薪の備蓄を街全体で分配するため、わたしたちに応援を頼みに来たようです。この倉庫のことはウォーレンさんに伝えられたようで。

「結構不味いわね……保ってもせいぜい一週間……いえ、それも厳しいかしら」

 外の雪が降り積もる少し前からすでに小さな節約がずっと続いていた印象でしたが、それがより厳しくなるのは間違いありません。一介の宿一つが自主的に用意した蓄え程度で街が一つの季節を超えることなどまず不可能です。緊急性を擁する事態であることはわたしにもピリピリと伝わります。ただでさえクロルさんがお腹をすかせて行き倒れそうな状況が、今度は街全体がお腹をすかせて行き倒れそうというのです。

「ベリルマリンとしてはとにかくは行路を通すべきだ。当面の食糧事情の話を急いでまとめたら、道の除雪を進めていくことになる。私達も参加するべきだ」

 とはいっても積雪の範囲は想像もできません。飲まず食わずで作業を進めたところで人の手では限界があります。見通しのない白い闇を切り崩す他ないのなら、この街はほぼ望みが絶たれたと言えるかもしれません。足元を見つめます。『彼』もこんなときのためのとびきりの魔法を与えてくれればよかったのに。わたしはまるで役立たずです。ウォーレンさんもハーツさんも、ご主人とともに倉庫を出てゆきます。

「マリーちゃん、どうしよう……」

 わたしもどうにもなりません。大人はこんなときまで冷静で、わたし達が抱えた不安とは無縁にやるべきことを粛々と進めます。強く心配させないための一つの見栄なのかもしれません。皆さん諦めそうなところを踏ん張って頑張っているのです。なにか、しなければ……。

「みんなー、早くいくわよー」

 倉庫の外からわたし達を呼ぶ声が聞こえて視線を変えると、クロルさんの顔が目に映りました。糸がピンと張って、そしてわたしの眼には一つの考えが映り込みました。窮地とは、好機の裏返しなのです。

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