44.
「えっ、どういうこと!?人間じゃないって……」
わたしが聞きたいところです。腰元から抱えられ、足がぷらぷらと浮かされながら見つめた目の前の少年は間違いなく少年の形をしていて、わたしとアルカさんと、外見の差は全くありません。しかし根拠としてこの少年から確認した情報を並べると話が変わります。体高はわたしの背丈3つ分近くあるはずで、体内の構造、骨の形、顔貌もどうあっても矛盾しています。こんなに人間の姿形に反した形をしているはずがない。化かされている、もしくはわたしの魔法が間違っている、どちらかです。確認する方法は簡単で、眼前の少年に問い質すだけです。あなたは、あなたは誰ですか。
「ぅあっ、そ、その……」
上体を起こして徐々に退こうとする様子は、答えとして充分にも見えます。歯切れが悪くなるたび、アルカさんも徐々に疑いの目を向けるようになり、わたしを抱える力も弱まります。自然、再び足が地に付き、緩まった腕から逃れて彼に一歩、一歩近寄ります。答えてください、あなたの正体を。
「……」
途端、彼は立ち上がり、わたし達に背を向けてドタドタと駆けてゆきました。
「あっ、ま、待って!」
走り慣れてはなさそうな体重移動ですが、それでも結構素早いです。もちろん、追わない理由はありません。今日はくっきりと足跡が残る日です。積雪が足を取ろうとも、背の低い子供一人を見失わないだけなら簡単……と思っていましたが、大通りに至ると人と人の跡が増えて視界に映る情報が一気に増えます。不要に多く残ったそれらは惑わすには充分でしょう。
……にゃっ!飛び出しただけに歩いていた大人にぶつかりそうになり、よろけます。ご、ごめんなさい!頭を深く下げて謝ると、気をつけてねと言って去っていきました。大事に発展したわけではありましたが、一連で彼を視界の外にこぼしてしまいました。悪天候から平時ほど人が多いわけではありませんが、それでもどっちへ……。
「あっちの小路だよ!」
肩を揺られアルカさんが指差した方向、まさに青白の髪が揺れて路地の先へ消えてゆきます。さすがですアルカさん!急ぎましょう!
「うん、行こう!」
追いかけてわたし達も家と家の隙間を往きます。姿こそ見失いましたが、白い線が痕として残っています。ただ路地は雪の積りが浅く、屋根が突き出た下は元の石畳が露出していました。この白線で追いかけるのは限界があるかもしれません。とはいえわたしから簡単に逃げられると思わないことです。
走りながらでも探しの魔法は使えます。まだ近くのはず。簡単に見つけられ……いた!背後の追っ手の存在に注意を払いながら良さげな路地を探って走っています。
「ナイスだよ、マリーちゃん!」
やろうと思えば先回りだってできます。鼻血でも出さない限り、これでもう見逃す事はありません。
追いかけてはかなり遠くまで来ました。ついこの前誘拐されて連れてゆかれた旧地区のあの場所ほど奥ではありませんが、それでもこのあたりも人気がありません。隠れられると思ってか、目的は雪が積もっていない袋小路に置かれた大きな木箱裏です。バレバレです。
「あの裏にいるの?おーい!」
アルカさんの呼びかけに一度は反応しません。しかし、無駄です。わたしの魔法にはくっきりと姿が映っています。
「なんというか、さっきはマリーちゃんがごめん!驚かせちゃったよね!でもこの辺は危ないかもだし、ひとまず戻ろうよー!」
わたしのせいですか?
「そりゃそうだよ!急に飛びかかって組み伏せられたら誰だってびっくりしちゃうって!」
改めて、自分の行動を頭の中で再現します。確かに一時の直感にあてられた行動にしては度が過ぎたのかもしれません。
「なんというか、ひとまず君が何なのかとかは一旦置いといてさ!ほら、なんかその……ゆっくりお話とか!」
いえ、今ここで糾しましょう。彼が何者なのか、それを知りたいことは変わりません。ここまで逃げてまで、それこそ本当に人間だとしても何かを隠しているはずです。理由を訊きたいです。誰ですか、あなたはなにものですか。少し、また少し、彼が次の動きを見せたらまた飛びかかってやるつもりでにじり寄ります。
「マリーちゃん、あんまりキツい言い方はよくないよ……まずは仲直りから……」
構いません。はっきりさせるべきです。ここはもう、あなたが選んだ突き当りです。どちらへどう走っても逃げ場はありません。木箱に手をかけて、上からのぞき込みます。青白色の髪がチラと見え、同時に立ち上がったかと思えば……。
「わっ!」
少年の全身は光り、冷たい風が路地を吹き抜けて、思わず目を伏せます。塀の上に積もった雪が吹き飛び、立てかけてあった木板が音を立てて倒れました。一瞬でも彼から目を離してしまったのは失敗だったかもしれない、とは思いましたが、逃げられた心配は無用でした。局面は全く別のものに移ったようです。
「ま、マリーちゃん……」
淡青色のゴツゴツとした肌はきっと鱗です。ずっしりと重い音。見下ろすはずだった彼は、丈としてわたしもアルカさんも優に超え、至近には顔を空に向けてようやくその全長を把握できるほど。皮膚のすぐ先に感じる拍動の揺らぎは、それが生命であることを確かに裏付けました。視界にすべてを収めるには数歩の後退を要します。背に、一寸も翻せばわたしの体なんて簡単に吹き飛ばしてしまいそうな翼。ギザギザした棘の付いた長い尾。発達した腕が肩から伸び、先端の鋭利な爪は雪の光を跳ね返しています。こちらをギョロリと覗く目と、大きな口、牙。たしかに人間ではありませんでした。直感は正しかったようです。
「うそ、ドラゴンだ……」




