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40.

 手放していた意識を取り戻してみると、心地よい寝場所はハーツさんの背中から本物のベッドに切り替わっていました。あちらの安心感には劣りますが、こちらも中々快眠を促してくださいます。姿勢を起こすと現在位置が判明します。住み込みの寝室です。部屋の傍ら、置いてある椅子にも座らずにいるウォーレンさんがわたしに気付きます。

「起こしてしまったか」

 むしろ、起こしてもらえたといったところです。近寄り、わたしの顔色を確認しているようでした。

「昨日は夜分まで色々あって疲れていると思う。主人に頼んで君だけ今日も休日にしてもらっている」

 身体の不調はまったくないのですが、気遣いをいただいていたようです。ありがとうございます!ただ元気はそれなりに余っているため、今からでもお手伝いに行きたいです。

「無理は良くない。私ももう戻らなければならないが、君は部屋で安静にしていなさい。皆にも話してある」

 ウォーレンさんはわたしの頭に手を置き、ゆっくり撫でます。気持ちが先立つところはあるものの、相手の気持を受け取るのが先だと思い、首肯します。

「危険を感じたらすぐに知らせてほしい。下の階で仕事をしているはずだ」

 それだけ告げて部屋を去りました。音を失った室内はがらんと広くなった気がして、そうなれば辺りを見渡さずにはいられません。冷え込みが少しずつ強くなった部屋の中、対抗すべくブランケットを身にまといます。ベッド横の小さな机の上で二冊の本が場を治めています。わたしはその我が物顔たちを自分の手元に引き戻し、我が物として見つめます。一冊は彼から、もう一冊はウォーレンさんからです。一時的に手から離れたこともありましたが、わたしの手元でずっと抱きしめていました。一番大切なものとして。しかし、昨日からのドタバタの所為で表紙を開けることすら叶わなかったのです。いきなり出来上がってしまった大きな時間の余裕は、わたしにその一ページを開かせる動機となりました。お夕食の時間には見切りをつけられるといいのですが。



 教わった文字を必死に頭の中で手繰り寄せて、しかし一部は言葉の意味がわかりません。ならばとそこは、ただ発音を口に出して理解した気になって、ただ言葉を意味の持たない空っぽの器のように扱うのです。これでもなぜか、大雑把に文章の心が見えてくるのですから不思議です。ウォーレンさんやハーツさんに訊けば教えてもらえるでしょうか。そうなったら、また枕の部分から音を真似て読み直してみましょう。集中していたからか、ベッドのまくらまで腕のうちに抱えていた事は少し経つまで気が付きませんでした。

 同じ姿勢を取り続けるというのも長くは続きません。瞬間瞬間にずっと頭を回して一文字を進むので、頭も疲れてしまいました。本をベッド脇の元の場で治め直させ、目元を少し抑えて一息をつきました。時間は……かなり経っています。そろそろお腹が夕食時だと教えてくれています。

 ブランケットを装備したまま部屋の中をうろうろと。どこか遠慮していましたがそもそも扉を開けて外に出てしまっても良いでしょう。

 ただ、それに気がつく少し前に扉は開き、ウォーレンさんが入ってきます。

「夕食の時間だ。……身体に不調はないか」

 全然問題ありません!むしろこの元気を振りまく先を考えているほどです。

「それは良かった。君の分は持ってきた。食べなさい」

 配膳用に使っているトレーの上には、暖かそうなスープとパンとお野菜が乗っています。まるでわたしが病床の人間かのような扱いです。そこまでしていただく程ではないと思います。ただし、これは思うだけでウォーレンさんのご厚意をつっかえしてはお食事にもウォーレンさんにも失礼で言い出しにくいです。

 ウォーレンさんの今日のお仕事は終わっているようで、ご飯を食べて、本を読んで、いくつか分からない言葉の意味を順に少し教わって、またブランケットにくるまって眠る……。その間ずっと、ウォーレンさんは一緒にいてくださいました。いつもと比較するとどことなく不自然です。ただその違和感にも結論を出せないまま、眠る背をさする手が心地よくてただ次の朝を迎えるのだろうと、わたしは漠然と思いました。


 ただ、そんな日が一日で済まなければ、わたしの危機感も簡単に異変を察知するものです。そこから二日経った朝になっても、わたしはこの部屋からは一歩も出ず、ウォーレンさん以外の誰とも会わず、本を読んで一日が過ぎました。わたしだって、体調も心も万全なまま何もできず部屋に篭もることを強いられてそれが正しいとは思えません。変化のない空気を吸い込むと万全だった身体もだんだんと力を失ってゆき、このままでは微動だにしなくなるとさえ思えました。何も起きてないのに落ち込んだ感情が強まってきている気がして……滅入るという表現がここでは最適です。

 ウォーレンさんには申し訳ないのですが、わたしは準備万端なのです。これ以上は燃えた炎がただ煤になって意味もなく燃え尽きるだけです。そして何より、この部屋の中にいる間、ハーツさんにもアルカさんにも会えていません。二人に会えていないのも絶対におかしいです。部屋の扉に手をかけて、わたしは外に出ることにしました。

「どういうことよっ!!」

 扉の近くだからか、その声は簡単にわたしの耳まで届きます。久々に聞いたハーツさんの声です。思わずドアから手を離してしまいますが、音を立てずに話を聞くのが得策と見て手を下ろしました。

「言った通りだ。私が彼女の面倒を見ているから問題ない」

「だからってあの子閉じ込めて何になるのよ!」

「閉じ込めているんじゃない。暫定的に一番安全なんだ」

「じゃあ一生ここで過ごさせるつもりなの?」

「もっと安全な場所を見つけてそこへ連れてゆきたい」

「同じことよ。マリーがそうして欲しいって言ったわけ?違うでしょっ!」

 ウォーレンさんとハーツさんの口喧嘩は大抵はウォーレンが怒られている印象がありましたが、今回は正しく言い争いになっていました。

「あの子を愚かな連中に、都合のいい道具とか思わない連中に渡してはならない。マリーは誰のものでもない。そのためには……」

「少なくともアンタのもんでもないわ」

「それは分かって――」

「いいえ、全然わかってないわ。ねぇアンタ、ホントどうしたの?急にアタシらからもマリーを遠ざけるようなことして」

 ハーツさんたちが部屋に来なかった理由がなんとなく分かりました。来れなかった、という点にまつわる理由の様子です。

「……とにかく、マリーのためだ。私はそう思う」

「……っ!一度頭冷やして考えなさい。ホントにマリーのことを思ってるならね」

 そこから先、会話が続いていないあたりはハーツさんにより一方的に中断されたものと思われます。ウォーレンさんの数日の違和感はどうやら正しかったようです。引き金を引いたのは……きっと、あの誘拐なのでしょう。

 憶測や推測をするべきです。ウォーレンさんが今、何を思っているのか。わたしが誘拐され、ウォーレンさんはもしかしたら、わたしのことを手を離せば簡単に消えてなくなってしまうものだと考えているのです。その意味ではこの寝室は、誰かに襲撃を受けない限りは屋外なんかとは比べ物にならないくらい安全な場所で、握った手を離したくないという気持ちをそこに感じます。もちろん、もっと安全な場所も将来的に探している上で今はここを止まり木にしているだけではあります。

 ウォーレンさんはわたしを失いたくないのでしょうか。わたしが露と消えてしまってから、それが怖くなったのかもしれません。わたしの責任もあります。もっとウォーレンさんの手を強く握っていたら……。ハーツさんやアルカさんと会わせてもらえないのは、ウォーレンさんの中でわたしにまつわることを全部解決したいからでしょうか。夕食も、読書も、話し相手も……全部ウォーレンさんがその手を離したくない為に他からわたしに伸びる手をなりふり構わず振り払っているのでしょう。

 わたしは……わたしは、どうすればいいのでしょうか。ウォーレンさんはとても優しい方なのです。わたしにとっては初めて出会い、そしてわたしをあの棺から拾い上げて掬い上げてもらえた方です。その方が、今度は別の棺に閉じ込めて、それが楽園だと言い張っている。……本当にそうなのかもしれません。こうして何もせず、何もしようとせず、ただご飯をもらってウォーレンさんとおしゃべりをして、それでもいいのかもしれません。わたしの正体なんてものも、もしかしたらウォーレンさんはわたしの世話をしながら独りで突き止めようと思っているのかもしれず、なんなら、思えばそんな些末なことをわたしが知ったところで今さらどうすることもありません。わたしは人に狙われる立場にあり、人からわたし自身を奪われる立場にあり、人に護られる立場にある。その最後の完璧な答えは、わたしが、わたし自身が棺に喜んで入ることかもしれません。ならば。

 ……でもわたしは……わたしは……。






 わたしは、目の前の扉を開けることにしました。

2024.12.14 文章追加

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