39.
「アンタ、俺の事務所知ッてたのか?」
「知ってるも何もそこそこ有名でしょ。アタシも世間知らずじゃないし」
泥棒は縄でぐるぐる巻きにされるのが通例のようで、まさにその主犯格と実行犯は両手両足の自由を奪われていました。その傍らでアルカさんが『治療』を進めます。
「……よし!どうかな、治ったかな?」
テトラさんは自分の腕と脚を確認します。とは言っても、第三者からは身じろぎしながら動作を試す様が分かる程度ですが。
「痛みはない」
「よかったぁ〜!回復魔法ってちょっと自信なくってさぁ……最近復習はしてたんだけど」
むしろ実践的に試せたことは良かったとも言えます。わたしに使ってもらえるときに失敗してほしくはないですし。
「……実験体扱い?」
強く睨まれてわたしは少し気が小さくなりますが所詮は口だけです。反抗心は反抗につながるとは限りません。不機嫌そうな顔しても無駄というものです!あの時から立場も逆転しました。
一階から登ってきたアルカさんも合流したわたしはまず、皆さんと状況をすり合わせしました。加えて全員の安全を確認し、加えて周囲にまだ見ぬ敵対人物の不在も確認し場は収まったと言えました。ハーツさんに諭されて片手銃を仕舞ったウォーレンさんはまたわたしを抱きしめて、
「無事で、本当に良かった」
前よりも一層に力がこもっている気がします。親玉に見つかって以降は恐怖心と呼べるものは取り去られていましたが、こうして身体を近づけて得た急な安心感は真夜中と重なって一気に眠気を強めます。でももう少し我慢です。今回は関係者を二名捕獲のおまけつきなのです。事件概要はお二方で戦闘前に話していたとは思うのですが耳から流れてしまいました。そこでここからは事情聴取に至ります。最初、親玉は義理堅く守秘義務と通して口を割りませんでした。しかし、
「立場が分かってないようなら、この子の傷をまた開いてもいいんだけど」
とテトラさんの首元にナイフを当てたハーツさんの気迫が決め手になったようです。普段からわたしに優しくしてもらえるイメージがあったので、こういう一面をみたのはちょっと意外でした。出会った時の素行から察するところは実はこちらが本来的なハーツさんだと思うと自然なのかもしれません。
「別にアタシは元から優しいわよ。優しいから喋りやすくしてあげたの」
なるほど、その発想はありませんでした。
話を綜合すればするほど、やはり耳から流れてしまった情報を手繰って得直した気分です。すなわち、下請けした仕事なだけに事情や状況には明るくない、と。
「ああ、他所の事務所からの依頼だった。嬢ちゃんを受け渡すまでが仕事だから、その先は分からん」
その他所さんから何か追加で聞いてたりはしませんか?
「ないな」
「そこも何も分からず依頼受けてたってわけ?」
「依頼のあり方として別段珍しくない。先方も弱みを大きく露呈したくないし、結局こっちは少なからず貸しにできる。主様は特に即戦力だから尚更」
睨み合いをしながらも最後には協力関係が成立してしまっているのは直感に反していて少し不思議です。
「結局、手隙がない中緊急性の高い案件がたらい回しされた、って感じの話なのかな?」
急ぎの用事の筈なのにおざなりにされる矛盾は大人たちの世界特有なのでしょう。とはいえ緊急性の高い案件としてわたしの捕獲が扱われている事実から、心の休まる時が今後もなさそうだという帰結にまで至れそうです。
「あそこの事務所、特にアムシースと繋がりがあるッてわけじゃねェんだが……ホントにそこの嬢ちゃん、そんなのに狙われてるッてのか?」
狙われる最低限の理由はあると言えますし、もっと直接的な手段が別の街で発生しています。正確な理由立ては今のわたしたちには不可能ですが、裏を返せばわたしたちには理解不能な価値がわたしの中に存在しているということで、この臆測はその他いろんな事実と符合していると思えます。
「多分だけど、アンタ等んとこに発注した事務所以外にも幾つも声かけてるんでしょうね。そんで競争に発展させてる、とか?」
「なら俺等んとこにも声……ッて掛けるワケがねがねェな。あの件まだ引きずられてんのか」
現在のわたしは洞窟の奥のお宝にされてしまっているということです。仮にその喩えに乗っかるなら初めて見つけたのはウォーレンさんだったのでわたしはあるべき持ち主の側を離れるわけにはいきません。
「君は道具や財宝じゃない。人間だ。他の人間に君が生を捻じ曲げられる謂れはない」
彼らは結局開放されました。聞き出せる内容もこれ以上ないと見えて、自警組織に突き出しても事情を尋ねられると余計に面倒がありそうです。テトラさんの睨む眼光が怖いのがありましたが、わたしの直感では本来的にはお二人ともそこまで悪い人ではない気がしています。話を整理した結果、親分がしようとしていた「カエシ」とかいうのも、しようとするだけもはや不毛な行いだということは共通認識に昇華できたようです。
「だがそれでも、あんたとの決着がまだだ。こんな体たらくじゃウチのもんに示しがつかねェ。今日のとこは一度引くが、また機を変えて挑ませてもらうぜ」
「禍根を残すつもりなら今ここでとっとと清算してもらいたい」
「ダメだ。今やっても中途半端に幕を引くだけだからな。やるなら徹底的に、だ」
「それならここで始末してもいい」
ウォーレンさんは再び強い敵対感情を見せます。悪人らしい悪人のいないこの場において傷つく人が出てほしくないわたしが、持ち直された銃を両手でつかんで意思表示すると、
「……次、この子を危険に晒せば容赦しない」
威嚇で済ませていただけました。親分に引っ付いたテトラさんからの眼光も解かれて、合意が得られた……と、見てよいのでしょうか。
お二人が暗闇の中手元の灯と一緒に小さくなっていく様子を眺めながら、
「アタシ達も帰ろっか」
ハーツさんの背中におぶられるのは、誰かに小脇に抱えられることよりも断然安心していられます。すると、重なっていた眠気にもう一つの原因要素が追加されるわけです。ゆっくりと揺れる背中は、わたしの夕刻以降の緊張を前後に優しく撫でてほぐして、そうして熟睡という意識の離脱と共にそこからの記憶は曖昧になりました。




