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18.

 相手は巨躯が十余名。こちらは子供七人、大人二人。うち子供一名病み上がりです。病み上がりの彼女が戦いに直接参加できない以上、隣で一緒に大人一人も残って見守りをしたいところです。結果、子供六人、大人一人です。もちろん総力をかけて挑むべきで、それこそウォーレンさんとハーツさんが両方揃えば敵なしなのかもしれませんが、実のところもっと工夫すれば、もっと手間なく、加えて勝利の結果も良くできます。

「たのもー!!」

 勢いよくお宿の扉が開け放たれれば、注目を浴びるのに威勢のよい張った声すら不要かもしれません。気持ちよく飲んだくれていた場に投じた一石はすぐさま鬱陶しさの波紋を小さく立たせたようです。わたしも横にくっついてアルカさんの偉業を間近で見届けます。宿のご主人さんは……やっぱりアルカさんのことはご存知の様子な顔です。

「うーんと……ひ、日も暮れないうちからどうも行儀が悪いねぇ、君たち。そんな様子じゃご主人も迷惑してんじゃないかな!」

 なんとも覇気と気迫に欠けてはいましたが、挑発的な態度は白と黒の区別も付いていなさそうな彼らの判断能力にきれいに突き刺さったようです。波だった嫌悪感は深く大きくなり、一名が近づきます。どれだけ眼前の人間が触れれば倒れそうなくらいクラクラしていたとして、軽武装したガタイの良い男性というのは圧迫感があります。圧し付けるように横暴な言葉を並べ立てていれば、尚更です。アルカさんは見上げるようにロッドを構えます。いつか見た様子をこちらからみると、思ったよりも高めに掲げていたのがわかりました。

「ふんっ!勝手に名前借りて強くなったと思う勘違い野郎の言葉なんて、ちっとも怖くないねっ!」

 売り言葉に買い言葉、その言葉を更に買い付けてアルカさんはあちらからの仕掛けを待ちます。事前の相談通りです。思った以上に簡単に釣り上がった一名がその威厳を見せようと手にした鈍器を振りおろします。

三重防陣ガード・トリプル!!」

 ガキンッ。ロッドを振ると空気が急に鋼鉄に変わったように凶器を跳ね返します。思いも寄らない場所での抵抗感は相手の姿勢を大きく揺らすに十分です。そこに、

簡易衝弾インパクト・デルタ!!」

 空気の揺れはわたしの頬にも伝わりました。その様子はわたしの目に光彩の集合として移り、着弾の様子はゴロツキさんの反応ですぐに分かります。倍ほどの身長を持つ身体が勢いよく吹き飛んで、カウンター手前の一部をなだれと倒します。これで喧嘩の始まりとしては十分でしょう。後で直せるとのことですが、ご主人からの心証のためにも備品はなるべく壊さないようにするとして、ここまでは完璧です。事前に予備詠唱を進めてから宿に入ったために最初の防御魔法は準備万端で発動できましたが、次はそうもいきません。危険な橋ですが、他の下準備とわたし達のアドリブでなんとかします。

 アルカさんの目配せをもらって、わたしも魔法を使用します。―――ᛢᚢᚨᛖᚱᛖ

 森一つの大きさでもないのならば、空間の全てを察知し、それを維持することは容易です。隣のアルカさんに大雑把にでもそれが伝われば、その瞬間から不意打ちも全方位からの奇襲も、もはや関係ありません。動きにくくなるのはそうですが、それを差し引いても利があります。加えてこれで挟撃までの調整がしやすいです。アルカさんの腕をむんずと握って、少しでもこの思念が伝わるように力を入れます。効果は多分ありませんが。

 しっかり喧嘩に応じてもらえたようで、カウンター奥のゴロツキさんは熱り立った怒声とともに近づきます。それを見てアルカさんは、

「そりゃっ!」

もらい物のお札をぱっと投げます。

「目、閉じて!」

 わたしも言われずともとすぐ目を伏せました。閉じた目でも、その外が瞬時に強烈な光に包まれたことはわかります。一瞬で収まり、それを知ってと目を開けましたが、これに反応できなかった方は当然、太陽に焼かれるような痛さをその目に感じることでしょう。感情のまま不用心にも近づいた最前は、その代償を払い切る前に、

集火ブレイズ!」

 その体は燃えるように熱くなることでしょう。実際に燃えているのですから。悲鳴を上げ、砕け転がる様子はいたたまれないものですが、そこを気に掛けるに至るより前に、ぞろぞろと集まった他数名に意識を向けるべきです。各個の撃破、それも遠隔の子供だましな罠にかければ大の大人を面食らわせるのは卒ないことです。しかし、

「動くよっ!」

 掴んでいた腕が動き出し、わたしもそれに合わせて足を動かします。先に頂いたポーションで、二人で動いているにしてはまだ素早く動けます。元いた場所に針状金属の付いた棍棒が叩きつけられ、床板が砕けます。一発でも食らったらぺしゃんこでは済まないでしょう。……右です!

基礎防陣ガード!!」

 振り払われた鉄斧を無力化し、再び隙が生まれます。ここに攻撃を……

「こっち!!」

 体が後ろに引っ張られ、わたしの重心はそのまま転倒を目指します。しかしむしろ転んだのが良く、低くなった姿勢の頭の近くを大剣の鉄刃が通り過ぎました。隣のテーブルが真っ二つになった様を見るに、受けていればあるいはわたしが真っ二つだったでしょう。不意打ちがないとはいっても、最後はわたしが意識しているかどうかです。油断できません。

 囲まれると攻勢に返ることは難しく、畳み掛けられる攻撃の対処だけで精一杯です。狙いは全てこちらに向いています。防御の魔法も連発できない上に、そもそも掴みかかろうと伸びる腕もあるので、回避が頼りです。とはいえこれで場は整ったと言えます。……が。

「うわっ!」

 砕けた木片に足を取られたらしく、早くも回避行動が致命的な隙を生み出します。巨躯以外にもわたしたちの敵がいたなんて。腕にしがみついていたわたしも併せて倒れ込み、それを逃す相手ではありません。高く高く掲げられた鈍器が、苛立ちを全て込めたように……。


 それが振り下ろされることがないと分かっていても、ヒヤッとはするものです。武器を手に持つ腕は、ぴくりとも動きませんでした。より厳密には、動かそうと思っても動かせなくなった、というべきでしょう。巨体は、言うことを聞かない腕に混乱し、しかしその原因を理解する時間もなく、突然、その腕に引っ張られるように投げ飛ばされました。

 仲間の奇行に唖然とする彼らには当然、見えていないはずです。しかし、わたし達は別です。全員の意識をわざわざこちらに向けたのも、挑発して騒動を起こしたのも……厳密にはそれで足音をかき消したのも、この作戦のためです。光がその姿を写し取らずとも、間違いなくそこにハーツさんは立っています。

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