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扉を開く

読んでいただいてありがとうございます。同じような時代を生きて転生した存在を見分ける呪文って何だろう、と思ったあたりで出来上がりました。何度か見ましたが、すごく印象に残っています。

 その世界には時々、異世界からの魂が生まれ落ちる。彼、もしくは彼女たちはその前世の記憶を使って世界に新しい技術や制度などをもたらしてくれたのだが、一方でこの世界とは別の世界の記憶を持つが故の苦しみもあった。異世界の記憶持ちとして生まれてくる子供は身体のどこかに必ず、異世界の「桜」と呼ばれる花の紋様を持って生まれてきたので、発見は比較的容易で、見つけられた場合はほとんどの国で保護対象となり国の保護下に入って育てられる者が大半だった。


 ジュリエッタもそう言った異世界の魂を持って生まれた少女の1人だった。

 ジュリエッタの紋様は左腕の二の腕にあり、肘から肩にかけて、綺麗な八重桜と蔦が絡まっている紋様を持って生まれてきた。

 ただ、ジュリエッタの場合、生まれてきた直後に、双子の妹が生死の境を彷徨ったせいで、大人の誰もがジュリエッタではなく妹のマリエッタのみを気にかけていた。そのせいで生まれた直後はまだ薄かった八重桜の紋様は見逃され、国に見つかることもなく17歳の今日まで生きてきた。


 ジュリエッタは今の境遇に特に不満は無かった。たとえ、誰もが妹のマリエッタのみを可愛がり、両親?物心ついてから見たかな?という状況でも、ドレス部屋にしたいから部屋を明け渡せ?どうぞ、と言って学園の寮に入ろうが、マリエッタを溺愛する母親がお茶会だの夜会だのにその双子の妹のみを連れて出席していてその間、自分はただひたすら勉強していようが、全くもって不満はなかったのだ。

 強がりとかではなく、血のつながりがあるというだけの他人がいくら何をしていようが感情移入の出来ないドラマを見ているだけのような感覚だったのだ。

 友人で王太子の婚約者でもあるオリヴィアが怒ってくれていたのが本当に申し訳ないと思うくらいにジュリエッタは家族という存在に興味は無かった。

 ジュリエッタの興味を引いたのは国が管理している大図書館だった。その一番奥には「封印の間」と呼ばれる部屋があり、そこには代々の転生者が残した膨大な資料が眠っているらしい。らしい、というのはその扉が封印されているからだ。

 扉には、少年と少女と思われるシルエットが手を繋いで描かれていて、その後ろに空を飛ぶお城が描かれている。そして、日本語=こちらの世界では神文字と呼ばれている言葉で「唱えよ」と書かれていた。

 この扉を開くことが出来た人物こそ扉の奥の本どころかこの大図書館の全ての権利を有することが出来るのだが、扉の呪文がどう頑張ってもあの3文字しか思い浮かばない。この呪文は、果たして唱えて良いものなのかどうか、というか、この扉を作った張本人は、見事なくらいに自分と同じ時代を生きた人間のみしか助ける気がないらしい。確認してみたら歴代の中でもほんの一部の人間しかこの扉を開けることは出来なかったそうだ。

 確かに、いくら同じ日本に生まれていても時代が違っていたら感覚も違いすぎているのはよく理解できる。平成や令和の時代に生きた者には、幕末や戦国時代の考え方はよく分からない。この扉を作った転生者は間違いなく同時代に生きた人だ。ほんのお茶目で作ったのか、それとも本当に自分と同じ時代、同じ場所で生きた者限定で助ける為のものだったのか確かめたくなるのが人間というものだろう。

 なので、ジュリエッタは誰もいないことを確認した後、例の3文字の言葉を唱えてその扉の奥にある転生者の残した異空間部屋とその中身丸ごと全てを継承した。

 さすがに本来の意味では設定されていなくて、本当にただただ扉を開く為の呪文だったらしく、特に何かが崩壊することも光を放って目がおかしくなることもなくジュリエッタはあっさりと部屋の中に入ることが出来た。その呪文も必要だったのは最初だけで、後は好き放題スルーパスで入れるように設定されていてジュリエッタが扉に手をかければ自然に異空間へと導かれた。

 よく見たら、腕の八重桜が増えていたので、おそらくそれがこの空間の所有権を得た証なのだろうと思った程度だ。

 そこには主に歴代の記憶保持者の日記や自らの知識を書き留めた本などがずらりと置かれていたのでジュリエッタは毎日のように通って残された日記やメモなどを読みまくった。

 その中でこの空間を作った女性の日記を発見したのでジュリエッタはそれからまず読み始めた。


「えっと、あぁ、やっぱり私と同じ時を生きた人だったのね」


 日記を書いた女性は、この国で初めて記憶保持者として保護された人物だった。彼女は自分の持つ知識を危ぶんでいたようだ。自分の持つ知識をこの世界に根付かせて良いものかどうか。それがこの世界の自然の時の流れを、自ら発展していく力を変えてしまわないかどうか。

 そして同時期に生きたもう1人の記憶持ちが無節操に己の持つ知識で好き勝手やり始めた時にこの部屋を作ると決めたようだった。幸い彼の持つ知識はまだまだ令和の世界には届いていないようで恐らくは明治から大正くらいまでの知識だったそうだ。それでもこの世界にはない物について声高に叫び、その彼の持つ知識からそれらを再現しようとする一部の熱狂的な信者たちを見て、彼女は己の持つ知識がもっと危ないものであると悟ったとのことだった。

 日記一つ、後世に残すことは出来ない。でもこれから先、この世界に生まれてくる同じ時代の記憶を持つ者たちに自分たちの持つ知識の危うさを知ってほしい。そしてせめて心安らぐ場所を残したいとの想いからこの異空間を作り、そこに入ることが出来る者はこの世界を変えてしまう可能性を持つあの時代を生きた者限定にしたとのことだった。

 日本人にしか分からないような呪文にしたのは転生の証が「桜」の紋様であったことで、恐らく転生は日本人しかないと思ったとのことだった。実際、もう1人の転生者も日本人だったらしい。

 そしてこの場所を使った他の転生者たちも同じ思いを持ったようで、日記や己の持つ知識を忘れないように書き留めた本などは全てこの場所にしまってあった。他の時代からこの世界に転生してきた者が残した日記なども後世の者たちが出来る限り回収してこの場所に放り込んだようだ。


「まぁ一部は再現されたようですが……」


 主に生活全般に渡る項目ではこの世界仕様に変更されて異世界の知識が活用されている。

 水回りや家事、料理に関する項目は特にそうだ。確かにあの時代の便利な生活や美味しい食事を知っている以上、そこは最初から環境に配慮した仕様で作れるのなら自分も作る。

 後は医療や農業関係などの発展に活用したようだ。だが、汽車や車、飛行機といった物は作っていない。本を見る限り、そういった知識を持つ技術者の方もいたようだが誰もが口をつぐんだようだ。

 当然、兵器に関しては誰も何も言っていない。

 再現不可能という理由もあるが、それをしてしまえばこの世界のパワーバランスが崩れることを懸念したのだ。

 ジュリエッタの知識にはそこら辺のものはないが、どの知識がどう転ぶのか分からないので自分が転生者であることも含めて口を噤むつもりでいる。


「皆様の想い、確かに受け継ぎました。この部屋を含め、私もちゃんと次に残せるようにいたします」


 誰が聞いているわけでもないが、ジュリエッタは異空間の図書室で声に出してそう誓った。

 

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