【エピローグ:二人でお弁当】
***
これからも俺は仁志名のコスプレを手伝う。
これからも俺と彼女との関係は続く。
お互いの気持ちを確認し合った翌日。
学校で昼休みを迎えた。
仁志名はいつも昼休みを共に過ごすリア充グループの所に行って、何やら話をしている。
いつもならそのグループで一緒に弁当を食べるんだけど、今日はなぜかその輪を離れて席に戻って来た。
「ね、新介。一緒にご飯食べよーよ」
「え? あいつらは?」
「昨日のことを語り合いながらお昼を食べたいからさ。今日は新介と一緒にご飯食べるからって、みんなに断わってきた」
──は?
「新介?」
「仁志名さんが日賀を名前呼びしてるよ」
「なんで?」
周りがざわついて、俺たちを見ている。
「せっかくだからさ。中庭行って食べよーよ!」
「中庭?」
「うん。今日は天気がいーから、気持ちよいよー!」
「いや、えっと……」
俺たちのやり取りを聞いて、前の席の前島が振り返った。睨んでる。怖っ!
ヤバいよね、この状況。
「ほらっ、早くっ!」
俺がうだうだといつまでも席を立たないもんだから、業を煮やした仁志名に手を掴まれて、グイと引っ張られた。
「うおっ、ちょっと待ってくれ。ちゃんと自分で立つから!」
仁志名に手を握られるの図。
それはクラス中の男子を、さらに敵に回しそうな絵面。
心臓に悪い。
早く出て行った方が身のためだ。
そう思って、弁当を手に仁志名と一緒に教室を出た。
***
俺が通う高校、県立恋の窪高校は、県内でも中堅の高校。
通称『恋高』は名前が可愛いからと選ぶ者も多いような、まあ言ってしまえばふんわりした学校だ。
そしてその名に惹かれて入学した生徒の中には、恋愛に励む者も多い。
励むどころか、うつつを抜かす者も多い。
もちろん俺は違う。
俺は仁志名が好きだし、仁志名も俺を好きだって言ってくれた。
だけど俺の場合は、恋愛にうつつを抜かすなんてことはない。
あくまで学生の本分は勉学なのだよ。
校舎と校舎の間に挟まれた中庭。
そこは植栽が植えられ、小綺麗なベンチも設置された空間で、昼休みや放課後にはカップルが数多く訪れる場所になっている。
「うっわ、ここってカップルばっかだねー」
「そうだな」
「目に毒だぁ」
「そうだな」
周りは仲睦まじく昼ご飯を食べているカップルばかり。
いや、そこの二人!
お互いに食べさせ合いをするな!
見てるこっちが恥ずかしくなる!
そっちの二人!!
ずーっと見つめ合って、飯を食うのを忘れてないか!?
昼休みが終わっちまうぞ!
なんだここは。
空気まで甘く感じる変な空間。
そんな場所で、女子と一緒に弁当を食う?
しかも明るくて可愛くてお洒落で、リア充の権化みたいな女子と?
そんなシチュエーションは俺の辞書にはない。
「あっ、ここ空いてるよっ!」
仁志名が見つけた空席のベンチに並んで座り、膝の上に弁当を広げた。
弁当を食いながら、昨日のことを話す。
「いやぁ、マジでちょー楽しかったね!」
「そうだな」
「またみんなで合わせしよーね!」
「そうだな」
「さっきから日賀っぴ、『そうだな』ばっか」
「あ、いや……そうだな」
「あたしとご飯食べるの、つまんない?」
仁志名が悲しそうな顔をした。
「あ、いや、そ、そうじゃないんだ。ごめん。周りがカップルばっかで緊張してて」
「あはっ、そっか良かった。実はあたしもおんなじ。あはは」
リア充の仁志名だから、こういう空間も平気なのかと思いこんでいたけど、そうじゃないんだな。
そういえば仁志名ってギャルっぽいのに、今まで彼氏はいなかったらしい。
もちろん俺は恋愛経験皆無だから、恋愛経験豊富な女の子相手には気圧されて話しにくい。そういう意味では、仁志名はまだ話しやすくて助かる。
「あ、そーだ。今度の日曜日、てんごくさんの店のバイトよろしく。逃げちゃダメだかんね」
お金を盗まれたことを天国さんに話したら、都合のつく日に単発でバイトに入っていいよって言われた。
しかも前回とおんなじ好待遇。
相変わらずの神対応だ。
ホントにありがたい。
それで今度の日曜日にバイトに行くことにした。
そしたら仁志名が、あたしもバイトするって言い出したんだ。
「約束したんだから逃げないよ」
「そっかー、あはは。疑ってごめーん!」
「俺、どんないい加減なヤツだと思われてるんだよ?」
「もっちろん、ちゃんと信頼のおける人だって思ってるからっ!」
「説得力ないぞ」
「だからさっきのはじょーだんだってばぁ。きゃははっ」
「ホントか?」
「マジだってば!」
仁志名と二人きりで弁当なんて、緊張し過ぎて飯が喉を通らないんじゃないかと不安しかなかったけど、明るい仁志名のおかげで、まあ楽しく昼休みを過ごすことができてホッとした。
お互いに好き合ってる女子とワイキャイしながら昼メシ。
まるでリア充みたいだぞ俺。
いや、世間ではこれをリア充って言うのか。
しかもその女子ってのが、学年でもピカイチの人気美少女。
いやこれ、俺は長〜い夢を見ているのかもと疑ってしまう。
「うわ、イチャコラしてるぅ〜」
仁志名の声に周りを見回した。
ここに来た時からずっと、多くの男女がイチャついている。
互いに弁当をつつき合ってる楽しそうな男女。
弁当を食べ終わって肩を寄せ合ってる幸せそうなカップル。
何も話さずただ見つめ合ってるだけの二人。
君たち! 学校は勉強しに来るところであって、イチャイチャするところではないぞ。
俺なら絶対に、ぜぇーったいに、あんなことはしない。
節度あるお付き合いをするべきだよな。
「ね、日賀っぴ。アレやってみたいなぁー」
仁志名の視線の先を追うと、ベンチに並んで座る男女の姿。
女子が横の男子の肩に、コテンと頭を乗せている。
二人ともめっちゃ幸せそうな顔をしてる。
「え? なんで?」
「なんでって、えっと……あっ、ほらっ! コスプレのための演技の練習だよ。今後、あーいう甘々な雰囲気のキャラのコスプレすることあるでしょ。そーなったら、あたし経験ないから上手く演技できないしー」
「あ、そうだな。そういうコスプレ、あるよな。たぶん」
あるのか? いやないだろ。
でももしかしたらあるかもしれないよな。
なんていうか、仁志名の提案が衝撃的過ぎて、もうまともに思考ができない。
「よしっ、じゃーやるよ?」
「うん」
ふわふわする頭で同意してしまった。
横に座る仁志名がコテンと頭を傾けて、俺の肩に乗せた。
肩と肩が触れ、仁志名の体温が伝わる。
それと肩にかかる仁志名の頭の重みが心地いい。
めっちゃ幸せな気分だ。
あのカップルが幸せそうな顔してる理由がよくわかる。
ふと横を見ると、目の前に仁志名の顔がある。
その顔もとても幸せそうに見えた。
そんな仁志名の表情が、また俺の多幸感を増幅する。
俺は学校でイチャイチャなんて絶対にしない。
その自信がちょっと……いや、かなり揺らいでしまった。
うーむ、俺ってチョロい。
= 完 =