【26:最高の一瞬を切り取る】
俺のシャッター音に合わせて、仁志名がどんどん乗ってくる。
次から次へと決めポーズを作りながら、撮影は進む。
くるるのアドバイスに従って、いつもよりもシリアスでダークな雰囲気が出てる……か?
いや、楽しそうな笑顔だぞ。
あかんやろ。
「ちょい待て仁志名。めっちゃ楽しそうな顔してるぞ。ポーズも元気はつらつな感じだし」
「だってぇー、楽しいんだもん!」
「だもん! ……じゃない!」
いやいや。
楽しそうな笑顔は、これはこれで可愛いんだけどさ。今日の趣旨はそうじゃない。
ダークヒロインの雰囲気を出すって話だったろ?
いったいどうしたらいいんだ?
──俺は思わず頭を抱えた。
くるるとはるるが仁志名に近寄っていった。
何やらアドバイスしてくれている。
仁志名は真剣な表情でアドバイスを聞きながら、一生懸命表情筋を動かして表情を作っている。
そしてくるるとはるるは仁志名の手先や足先を手で触りながら、具体的にポーズの付け方も教えている。
それに従ってポーズを取る仁志名。
おおっ、劇的に変化した。
いい感じだ。
表情もシリアスでダークな感じが出ている。
よし、今だ!
くるるとはるるが仁志名から離れたのを見て、シャッターを押す指に力を入れる。
シャキンと心地よい音が響く。
それから何枚か写真を撮った。
一旦撮影をやめて、タブレットで写真を確認する。
みんなも俺の周りに集まってきた。
「うーむ……」
写真を見て、思わず唸ってしまった。
どれもこれもイマイチだ。
「どーなん? ダメなん?」
仁志名が不安そうにタブレットを覗き込む。
「いや。仁志名はいい表情を出しているんだけど、ちょっと気を抜くと、緩い表情が出てるんだ。どうしてもタイミングがずれて、緩い表情の方しか撮れてない」
「そっか……」
最高の表情は一瞬しか出せない。
そこに俺のシャッタータイミングが合っていない。
微妙にズレて、仁志名の最高の表情を切り取ることに失敗してる。
「ごめん。俺のせいだ」
「そんなことないって! あたしがちゃんとできないのが悪いんだって!」
「いや、どんな被写体だって、最高の瞬間はきっと一瞬だ。それを切り取れないのは俺が悪い」
「いやいや日賀っぴじゃなくてあたしが……」
俺と仁志名がやいのやいのとやり合ってたら、クスクス笑い声が聞こえた。
男装レイヤー天国さんだ。
隣で精霊ジャンヌの格好をしたはるるもニヤニヤしてる。
「いやあ君たち、ホントにいいコンビだね」
「え? あ、いや……」
天国さんの言葉に、俺がリアクションに困って口ごもったら、横から仁志名が、
「でしょー!」
なんて、嬉しそうに言った。
「ま、ここは日賀君が頑張るしかないね」
「そうだそうだっ! がんばれarata君!」
天国さんに乗っかって、はるるまで囃し立てる。
そうだよな。俺が頑張るしかない。
「よし仁志名。撮影を再開しよう」
「りょっ!」
仁志名はいつものように敬礼してる。
よし。俺が──
「最高の一枚を切り取ってやるからな」
思わずボソッと呟いた。
それが聞こえたのかどうなのかわからないけど。
仁志名は満面の笑みで俺を見た。
***
──仁志名の、最高の瞬間を見逃すな。
ほんの少しのチャンスを逃さないように、極限まで集中力を高める。人差し指の先に思いを込めてシャッターボタンを押し込む。
そうやって、何枚も写真を撮った。
そして再びみんなで集まり、タブレットで写真を見る。
「お、これはいいんじゃかな?」
一番良く撮れたと思える一枚を選び、拡大してみる。
表情にもポーズにも、シリアスでダークな雰囲気が溢れんばかりに出ている。
まさにアニメの影峰喰衣そのもの。
「「「おおーっ!」」」
タブレットを覗き込んだみんなから、一斉に歓声が上がった。
「いいね。すごくいいよ、ゆずゆず!」
天国さんが仁志名に満面の笑みを向けた。
「完璧だよっ! さすが!」
はるるが大きく、パンっと手を叩いて絶賛した。
「わらわの教えたとおりだ。素晴らしい!」
くるるが陰陽寺歌憐に成り切ったまま褒めた。
うん。俺が見ても、仁志名の最高の一瞬を切り取れた。そう確信した一枚だ。
「うわぉぅっ……いいっ! コレいいよ日賀っぴぃぃぃー! ありがとーっっっ!!」
「うわっ!」
いきなり仁志名は両腕を俺の首に回して抱きついてきた。
頬同士が触れ合って、仁志名の体温が伝わる。
柑橘系のすごくいい香りが鼻腔いっぱいに広がる。
そして俺の胸に当たるふくよかな肉感。
やめてくれ……頭がくらくらして卒倒しそうだ。
女の子にこんなふうに抱きつかれるなんて生まれて初めての体験。
童貞の俺には刺激が強すぎる。
「えっと……公衆の面前で抱きつくのは良くないと思う……」
突然くるるがそんなことを言った。
「あ、ごめんて。嬉しすぎてついつい」
慌てて離れる仁志名。
恥ずかしそうに頭を掻いている。
俺が倒れてしまう前に事態が収束して助かった。
ちょっと残念ではあるけど。
「あはは、よかったねゆずゆず」
「すごいじゃんゆずゆず! 日賀君もがんばった! さすが!」
天国さんやはるるも、嬉しそうな顔で祝福してくれる。
本当にありがたい。
こんなに素晴らしい写真を撮れたのは、ここにいるみんなのおかげだ。
そう思うと涙が出そうになる。
仁志名も目がウルウルしてる。
「よかったな仁志名」
「うん、ありがと日賀っぴ」
みんなでひとしきり盛り上がった後に、さっき約束した通り、くるるの写真も撮ることになった。
真っ黒なドレス姿の陰陽寺歌憐。
冷たく美しい、物憂げな表情。
ガラスのように感情のない瞳。
そして怪しく艶やかなポーズ。
さすがの演技だ。
ぞっと背筋が凍るような美しさ。
元々整ったくるるの美しい顔がさらに引き立つ演技。
素晴らしい。
仁志名と違って安定の演技をするくるるの写真は、とても撮りやすかった。
快調に撮影は進み、あっという間に何十枚もの写真を撮り終えた。
「arata様に写真を撮ってもらった……むふ。ありがとう」
そんなに大げさな喜び方ではない。
けれどもこのくるるの態度は、はるるに言わせれば最上級に喜んでいるのだそうだ。良かった。
「ねえみんな。イベント終わりにアフターしない?」
ひと通り撮影が終わった後、天国さんが突然そんなことを言った。
「アフター? なんですかそれ?」
「コスプレしたあとに、みんなで素の姿で交流するんだよ。反省会したりアドバイスしあったり、まあ単に美味しい物食べて楽しむってこともあるよ」
なるほど。面白そうだな。
「うっわ、めっさ楽しそーっ! やろやろっ!」
仁志名が飛び上がるくらい嬉しそうにみんなに笑顔を向けた。
はるるとくるるも「ぜひ」と答えている。
楽しそうなんだけど……こんな美人ばかりに囲まれて、男は俺一人なんだってことを思い出した。
大丈夫か?
地味でコミュ障なオタク男子がたった一人、女性アイドルグループに混じってカラオケ行くことを想像してみろよ。
それって天国なのか地獄なのかどっちだ?
ううむ……まあ、天国……なんだろうな。たぶん。
まあとにかく。
イベント終了後に、近くのカラオケルームでアフターをする約束をして、俺達は一旦解散した。
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