【25:ギャルは緊張する】
「アニメ〜だカフェで一緒にご飯? なにそれ?」
仁志名に鋭い目つきで睨まれた。怖すぎる。
双子姉妹とランチしたことは、仁志名には内緒にしてるんだった。
「あ、いや……この前『アニメ〜だ』に行った時に、偶然この二人と知り合ったんだよ。それで一緒に昼ご飯を食べることになって……」
「ふぅーん……聞いてない」
確かに言ってない。
でもそんなジト目で睨むのはやめてくれ。
なんか俺、軽い男だって軽蔑されてるような気がする。
「いいな、いいなぁ! あたしも行きたかったぁー! DALスペシャルランチ食べたいぃぃぃ〜!!」
いきなり地団駄を踏みだした。
子供みたいだ。
睨まれたのはそっちだったんだね。
スペシャルランチを食い損ねた悔しさの方。
こういうのもちょっと可愛いと思ってしまった。
軽蔑されたんじゃなくてホッとした。
「えっと、仁志名……そろそろアドバイスをしてもらわないか?」
「あ、そだっ! すっかり忘れてた!」
忘れんなよ。
それが今日のメインだぞ。
「あのさ、くるる! どーやったら、そういうダークな雰囲気を出せるん?」
「あうう、えっと……」
「くるる? だいじょーぶ?」
仁志名の圧に押されて、くるるはアセアセした顔でどもってる。
ちゃんと説明できるのかな?
──と、心配になったその時。
くるるは両手のひらでペチンと頬を叩いた。
その瞬間、顔から焦りの色が消えて、物憂げな表情に変化した。
「ほら、くるるがコスプレモードに入ったよ」
はるるが教えてくれた。
そう言えば、さっきはるるが言っていたな。
くるるはコスプレしてる時は、そのキャラになりきって、人が変わったみたいになるからねと。
「大丈夫か、だと? こら喰衣。お主はわらわを誰だと思っとるのか? わらわはお主に闇の世界の素晴らしさを教えた陰陽寺歌憐なるぞ」
おおーっ!
成り切っとる!
低温で感情のない声。
光のないガラス玉のような目つき。その美しくも生気のない瞳の奥には、どことなくもの悲しさが漂う。
そして儚げで無表情な、とても美しい顔。
「おおっ……歌憐様!」
仁志名もビビっとるビビっとる。
「ぜひわたくしめに、ダークヒロインのコスプレの極意を教えてくだされ」
仁志名。なんか時代劇の町人みたいなキャラになってる。それは影峰喰衣の口調ではないぞ。
「ふむ、わかった。心して聴けよ」
「ははぁーっ!」
両手を頭の上に上げて、大きく頭を下げる仁志名。
──だから、それは町人だってば。
でもくるるは気にすることもなく、アドバイスを始めた。
ま、いっか。
***
くるるは熱心に、ダークヒロインを演じるためのアドバイスをしてくれた。
ひとつ、アニメのストーリーを頭に描き、キャラの心情に成り切れ。
ふたつ、胸を切り裂かれるような悲しい出来事を思い浮かべ、哀しみに浸れ。
みっつ、無表情を作るため、表情筋の力を抜け。
まあ、だいたいこんな感じ。
仁志名は大きく頷いて、アドバイスを熱心に聞き入っている。
「ふんふん!」
「なるほどっ!」
「そーなんだっ!」
いや、めっちゃ嬉しそうに聞いてるし、表情豊かだな。大丈夫か?
明るくあっけらかんとした仁志名が、本当にアドバイスどおりやれるのか?
ちょっと不安になってきた。
「じゃあ、そろそろ撮影しようか」
くるるのアドバイスがひと段落ついたところで俺は声をかけた。
「うん、やろやろ!」
仁志名が俺から少し距離をとって、こちらを向いた。両手で顔をぺちぺちと叩いている。気合いを入れ直しているようだ。
影峰喰衣の素晴らしいコス。
うん、いいな。
今日は最高の一枚を撮りたい。
仁志名のために、撮ってあげたい。
「まずは自由にポーズを撮ってくれ。ウォーミングアップだ」
「りょっ!」
なんだかんだ言って、このやり取りも慣れてきたな。段々と息が合ってきた気がする。
ピシッと敬礼を決めてから、仁志名がポーズをとり始める。
俺は両手でカメラを構える。
ファインダーを覗き込み、シャキンシャキンとシャッターを切る。
何枚か撮ってから、一旦目からファインダーを離した。
直接自分の目で仁志名の姿を見る。
ちょっと緊張してるようだ。
なかなか思うような表情を作れていない。
「頑張れゆずゆずっ!」
真横から声援が響いた。
目を向けると、三人が俺たちを見つめている。
精霊のジャンヌ、ダークヒロインの陰陽寺歌憐、イケメン主人公の十坂 九堂。
その三人が並んでる光景は圧巻だ。
……いやなに、このシチュエーション!?
今さらながらに気づいた。
錚々《そうそう》たるコスプレイヤーの皆様に、俺の撮影がじっくり見られてるってことに。
うわ、やべ。めっちゃ緊張する!!
下手打つわけにいかない!
カメラを持つ手が震える。
どうしよう。ちゃんと上手く写真が撮れないかも。
……いや待て。
いつもはあっけらかんとしている仁志名も、さすがに緊張した顔をしている。
きっと上手くできるかどうか不安なんだ。
俺なんて所詮は黒子だ。脇役だ。
今日の主役は彼女なんだ。
俺なんか比べ物にならないくらいのプレッシャーを感じてるに違いない。
そう考えると、俺の写真が上手くいくかどうかを心配してどうすんだ。
仁志名に自信を持たせるべき立場の俺が。
「仁志名!」
「なにっ?」
「めちゃくちゃイケてるぞっ! カッコいい。バッチリだ! リラックスしていこ!」
サムズアップした手を仁志名に向けた。
ついでにウインクしてみた。
単なるノリだ。
うわ、はっず!
俺の柄じゃないよな。
でもまあ、これで仁志名が自信を持ってくれるなら……。
「日賀っぴ……」
仁志名はキョトンとしてる。
マズい。やっちまったか……。
なんだコイツって思われてるっぽい。
「ありがとっ!!」
あ……弾けるような満面の笑み。
よかった。思いが通じたようだ。
仁志名がさっきよりもリラックスした表情で、ポーズを取り始めた。
俺はカメラを構え、指先に力を入れてシャッターを切った。