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【20:ギャルの喜ぶ顔を思い浮かべる】

◇◇◇


 その夜。寝る前にベッドに寝転がり、どうしたものかと思案していた。


 仁志名がなかなか上手くできなかった表情や雰囲気づくり。

 それをどうしたら向上できるのか。なかなかいいアイデアが浮かばない。


「うーん……」


 ごろりと寝返りを打つ。

 すぐ鼻先に、無造作に置かれたハーフコートがあった。

 仁志名から返してもらったやつだ。

 帰宅してすぐに、ベッドの上に放り投げて、そのままになっている。


「……え?」


 そこからふんわりと甘い柑橘系のいい匂いが鼻に届いた。

 いつもの仁志名の香り。移り香か。


 思わず大きく息を吸う。さらに強い香りを感じる。

 鼓動が跳ねた。

 気がついたらコートに顔を埋めていた。


「うっわヤバ!」


 ハッと我に返って起き上がる。

 誰に見られているわけでもないのに、すっごく恥ずかしい気持ちが胸に広がった。

 してはいけないことをしでかした気がする。

 いやでも……いい匂いだったな。


「変態かよ」


 誤魔化すように独り言を口にして、スマホを手にした。


「そうだ。なにかいいアイデアがないか調べよう。うん、それがいいな」


 それから色んなサイトをサーフィンしながら、有益な情報をさがした。

 その中で、ふと一人の女性レイヤーのSNSが目に留まった。


 レイヤー名は『くるる』。

 プロフを見ると、ダーク系キャラを得意としているらしい。


 確かにアップされてるコスプレ写真は、その多くがダークな雰囲気を纏うキャラだ。

 もちろん影峰喰衣のコスもある。


 影のあるシリアスな表情や、なにか裏がありそうなミステリアスな微笑み。

 そういった表情ばかりか、艶めかしく曲線を描く手先指先、足のポーズに至るまでが、ダークな印象を作り出すのに役立っている。


 どの写真もすごく雰囲気があるな。エモい。

 そのクオリティの高さに、一気に心を奪われた。


 どうしたらこういう演技ができるんだろうか。

 しばらく画面を眺めていたけど、もちろんコツはわからない。


「あれっ……?」


 なんだこれ。このレイヤーさん、俺のarata(アラタ)のアカウントと相互フォロワーじゃないか。


 arataのアカウントは1万人ほどフォロワーがいる。

 だからいちいち覚えていないけど、どうやら以前にフォローし合ってたようだ。


 ──ということはつまり。DMで連絡を取って質問ができるということだ。


 でも知らない人にDMを送る?

 ……いやいやいや! そんなことできるかよ!

 なんてったって俺は天下のコミュ障だぞ?


 そうだ。仁志名にこのレイヤーのアカウントを教えて、彼女から質問してもらおう。


 いや、でもarataの相互フォロワーなんだから、やはり俺が直接訊くのが一番か。

 だけど質問を投げたところで、アドバイスがもらえるとは限らない。

 もしかしたらキモいと思われて、ブロックされるかもしれない。


 やっぱりDMを送るなんてことには抵抗感しかない。

 諦めるとしよう。

 うんそうだ、それがいい。


 ──などとぐだぐだ考えていたら、ふと仁志名の顔が頭に浮かんだ。


 会心のコスプレができて喜ぶ弾けるような笑顔。

 完コスじゃないことに気づいて見せた、とても悔しそうな顔。


 仁志名と過ごした時間はまだまだ短いけれど、彼女が素直に表す数々の感情に俺は触れてきた。

 見知らぬ人にアドバイスを求めるなんてめちゃくちゃ緊張するし、できればやりたくない。


 だけど……仁志名の顔を思い浮かべると、せめて俺ができることはやってあげたい。


 不思議とそんな気持ちが湧き上がる。


「よし! 俺もたまにはがんばるか」


 俺は心を決めて、レイヤー『くるる』にメッセージを書いて送った。

 コスプレのコツを訊きたい、という内容だ。


 返事を待ちながら、もう一度くるるのページを見てみる。


「ん? コスプレイベント……?」


 来週日曜日に隣県の街中で開催されるイベントに参加するという呟きが投稿されている。


 くるるっておんなじ地方に住んでいるみたいだ。

 ところでコスプレイベントってなんだ?


 スマホでググってみた。


 そのイベントは大型の商業施設で行われるらしい。更衣室なんかも用意されていて、コスプレイヤーやカメラマンは参加費を払って参加する。


 特になにかステージやコンテストがあるわけじゃなくて、会場内でレイヤー同士交流したり、写真を撮り合う。

 一般の人も見たりできるし、緩い感じのイベントだ。


 おおっ……これ、楽しそうだな。

 俺は仁志名にイベントのことを教えたくてメッセージを送った。


『うっわ! ぜひ行きたいっ!』

『あたしも参加するー!!!!』

『日賀っぴもカメラマンで参加!!』


 怒涛の3連投が速攻で返ってきた。

 暇なのか仁志名。


 俺たちも参加するって?

 それは考えてなかった。


 でもきっと仁志名はスマホの向こう側で、にんまりと嬉しそうな顔をしてるんだろうなぁ。


 そう確信した。

 だからすぐにメッセージを返した。


『わかった。そうしよう』


 あ、そうだ。それなら『くるる』とリアルで会えるかも。

 仁志名も一緒にアドバイスを聞けたらよりいいよな。

 そう思って、くるるのことを仁志名に伝える。


『やった! ぜひぜひ会いたい! さすが日賀っぴ! ありがとー!』

『いやまだくるるさんからは返信ないんだけどな』

『実現したら嬉しいなぁー』


 実現……するだろうか。

 したらいいな。


 ──その時、SNSのDMにくるるから返信が来た。


『はじめましてー!(*゜▽゜)ノ arataさんからメッセ来てびっくり! なんでも聞いてくださいねー!(*´╰╯`๓)♬』


 うわ。めっちゃ明るくて優しそうな人だ。

 よかった。少し気が楽になった。


 俺は返信で、コスプレでダークな雰囲気を出すコツを知りたいと送った。

 さらに、喰衣くらいコスをしてる友人と一緒にコスプレイベントに行くから、直接くるるさんのコスプレを見たいとお願いした。


 あ、いきなり会いたいなんて言って引かれるかも。

 メッセージを送った後になってそこに気づいた。


 ヤバい。だけど今さら取り消せない。

 うわ、どうしよう。


 ヒヤヒヤしながら返事を待つ。

 すると──


『わぁー 嬉しい! ぜひぜひ見に来てくださいっ!(๑✧∀✧๑)☀』


 うおおっ……やった。


 それから俺はくるると、当日の落ち合う時間や場所を打ち合わせた。それを仁志名にメッセージする。


『やったぁー! ありがと日賀っぴ!』


 仁志名から、これまた速攻でお礼が飛んできた。

 ちょっとは仁志名の役に立てたかな。

 ホッとした。


 それにしても、くるるってどんな人なんだろうな。

 コスプレはダーク系を得意としているけど、文面から察するに、きっと明るくて気さくな人なんだろう。


 ──そんな気がした。

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