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【18:影峰喰衣が俺の部屋にいるっ!】

◇◇◇


 部屋の中から『着替え終わったよぉー!』と言う声が聞こえて、まどろみからハッと目が覚めた。


 立ち上がって扉を開け、室内に入ると、


「いやあ、ホントにごめんねー」


 仁志名は顔を合わせるなり、開口一番そう言った。

 頭を深々と下げている。


「仁志名が謝ることないよ。別に悪いことしてないし」


 悪いことどころか、バストを見てしまって俺の方こそ謝らなきゃいけない気がする。


 いや、別に俺が悪いことをしたわけじゃないんだけどね。


「ウィッグ見てめっちゃテンション上がっちゃってさ。早く着替えたくてテンパって、わけわかんなくなっちゃった」

「ああ。俺は大丈夫だけど、今後は気をつけような」


 まさか外でこんなことにはならないんだろうけど、ちょっと心配になった。


「うん……」


 仁志名が珍しくしゅんとしている。

 ──と思ったら。突然ニカっと笑った。


「でもせっかくコスしたんだし、さあ、切り替えて行こーっ!」


 切り替え早っ!


 コスプレをした仁志名がピンと背筋を伸ばし、胸を張った。


 凛とした立ち姿。

 その勇姿を改めてじっくり見る。


 漆黒と深い紫で彩られたドレス。

 こんもりと豊かに盛り上がった形のいいバスト。


 腰はキュッと絞られ、下半身は幾重にも重なったミニスカート、黒のガーターニーハイソックス。

 そして頭には俺が形を整えた赤紫のロングヘアのウィッグを被っている。


 闘うダークヒロインの艶やかな姿。

 とても整った顔が、アニメヒロインの良さをさらに何倍も引き出している。


 まごうことなき影峰かげみね 喰衣くらいだ。

 本物の影峰喰衣が俺の部屋にいるっ!!


「おおっ、いいな!」


 胸の部分も腰の部分も、以前のヨレっとした感じがまったくなくなっている。

 ピタリと身体にフィットして、すごくカッコいい。

 ウィッグも原作絵どおりのイメージで、毛先の流れも完璧だ。


「マジ? いい?」


 前回のコスプレよりも、明らかにバージョンアップしている。

 まさに影峰喰衣が画面から飛び出したようなクオリティ。


「ああ。仁志名の言う完コスにかなり近づいたんじゃないか」

「やった!」


 くしゃりと目を細めた笑顔で、可愛くガッツポーズする仁志名。

 グッと握りしめた両手の拳が、大きな喜びを表している。


 嬉しい時は全身で嬉しさを表現する。

 悔しい時は全身で悔しさを表わす。


 相変わらず感情を素直に出すのが仁志名のいいところだ。

 それがコイツをより魅力的に魅せているんだろう。


 ──そんな気がした。


「じゃあさ日賀っぴ。早速写真撮ってよ」


 そう言えば。すっかり忘れてたけど、前回写真を撮った時には『今回だけな』と言ったよな。

 なのに気がついたら、仁志名の写真を撮ることに抵抗がなくなってる。


 そりゃ、仁志名ってこんだけ一生懸命なんだって知ってしまったら、そうなるのも仕方ない。まあいっか。


「ああ、そうだな。どこで撮ろうか」

「うーん……そうだねぇ」


 仁志名は指をあごに当て、少し上を向く。

 その時階下から、突然母の声が聞こえた。


「ただいまー! 新介、いるのー?」


 え? 母さんが帰って来た?

 いつの間に?


 玄関ドアが開く音は聞こえなかったし、まったく気がつかなかった。

 きっと仁志名とのやり取りに集中していたせいだろう。


 目の前には影峰喰衣のコスプレをした美少女が一人。

 どうしたらいいのか戸惑いを浮かべて、立ちつくしている。


 もしもこの場面を母が見たら、びっくりし過ぎて卒倒するに違いない。

 いや、そうはならなくても、コスプレ女子が俺の部屋にいる場面を、母に目撃されたくはない!


 どうしたらいい?

 ……どうしたらいい?


 トントンと階段を上がる足音が聞こえる。

 ヤバい。タイムリミットが刻一刻と迫り来る。


 ──ふとベッドが目に入った。


「ここに隠れて!」


 急いで掛け布団をめくり、仁志名に視線を向ける。

 コクコクとうなずく仁志名。


 滑り込むようにベッドに横たわった影峰かげみね 喰衣くらい……いや仁志名の上に、頭まで隠れるように布団を掛ける。


 扉に向き直り、廊下に出ようとノブに手をかけたところで──カチャリと向こう側からノブが動いた。

 扉が開き、少し怒った母の顔がそこにある。


 ──間一髪セーフだ。


「帰ってたんなら返事しなさいよ」

「あ、ごめん。今気がついた。母さんこそどうしたんだよ。今日は帰りは夜って言ってたのに」


 そう言って、室内に入ろうとする母を、扉の所で阻止する。

 もしもバレたらと思うと、心臓がやかましくてしょうがない。


「一緒にいた友達がね、急に体調悪くなっちゃって。予定を切り上げて早く帰ってきたのよ」

「そうなんだ」

「新介、お昼は?」

「ああ、もう食べた」

「なに食べたの?」


 なんだっていいだろ。

 そう思うけど、変に母を刺激しない方がいいかと思って話を合わせる。


「買い物行ったついでに、外で食べてきた」


 いつ母が無理矢理部屋に入ろうとするか、緊張が高まる。

 だけど幸いそういうこともなく、しばらく扉の所で話し込んだ。


 それから5分以上は話しただろうか。やがて母は気が済んだようで、俺の部屋には入らずに階下に降りていった。


 ホッと胸を撫で下ろす。

 仁志名の存在には気づかれずに済んだ。


 扉を閉めて室内に戻り、こんもり盛り上がった掛け布団に向かって声をかける。


「仁志名。もういいよ」


 ん? 返事がないな。

 よく見ると、掛け布団がゆっくりと上がり下がりしている。

 もしかして、仁志名のヤツ寝てしまってるとか?


「仁志名、起きろ」


 もう一度声をかけたが反応はない。


「仁志名……」


 さらに声をかけながら、ゆっくりと掛け布団をめくってみる。

 剥いだ掛け布団の下から現れたのは──


 揃えた両手を枕にして、背を縮こまらせ、すやすやと寝息を立てて眠る影峰喰衣……の衣装を着た仁志名の姿。


 その可愛い姿に思わず目を奪われた。

 とても穏やかで幸せそうな寝顔をしている。


 大好きな衣装を着て眠り、喰衣の夢でも見ているんだろうか。

 そんな仁志名の寝顔を見ていると、なぜだか心がぽかぽかと温かく感じた。


「おーい仁志名。起きろ」


 肩を軽くゆすってみた。


「ん……」


 寝ぼけ眼をゴシゴシこすっている。

 子供みたいな仕草が可愛い。まだ寝ぼけてる様子だ。


「日賀っぴの匂いがして癒される……」


 枕を抱きしめ、ふわふわした口調で飛び出した言葉にドキリとした。


「だ、大丈夫か?」

「へ……? あ、日賀っぴ! ごめん、あたし寝ちゃってた! ヤバっ!!」


 ガバッと起き上がり、ベッドの上で女の子座りになる仁志名。

 びっくりした顔になってる。


「いや、いいよ。もう大丈夫だ。母は下に降りて行った」

「そっか」


 柔らかな微笑みを見せた仁志名は、


「じゃあ撮影に行っていい?」と可愛く首を傾げる。


 寝起きだからなのか、いつもよりもふんわりした雰囲気だ。


「そうだな。そうしよう」


 あまりに可愛らしい仁志名の姿を直視できずに、俺は視線をそらしながらそう答えた。

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