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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第三話 「ご自由にお温まりください」

 ドン、と大きな音と同時に地面が揺れる。

 薄暗い森の奥から、音と振動は一秒か二秒おきに発生していた。音が大きくなるにつれ振動も強さを増していく。立っているのが困難になるほどの衝撃だ。

 その衝撃をもたらしている生物の姿を目の当たりにした俺は、この期に及んで自分の目を疑った。

 恐竜だ。何十メートルもの体長を持つ超巨大な恐竜。

 いや、恐竜というよりもドラゴンだ。爬虫類と鳥類、両方の特徴が見てとれる頭部は二本の角を有し、口の隙間からは鋭い牙が覗いている。ゆっくりとした歩みだが、その一歩はとてつもなく大きな衝撃を与えている。

 そして、また一歩。

 ズズン!

 俺はとうとう立っていられなくなり、その場にへたり込んだ。

バキバキと何かが破砕するような音も聞こえる。次いで、ズシン、と何かが倒れる。どうやら倒木の音らしい。

 昔、図鑑で見たトリケラトプスの体重は10トンくらいだったと思う。だとすれば、こいつはその三倍はあるだろう。なんせでかすぎる。さすがに都内のビルほどではないにしろ、五十メートルくらいはあるんじゃないのか。見上げている俺の首の角度からして。

 圧倒的な存在感が放つオーラのせいか、周囲の空気まで威圧されているかのような重厚な空間が呼吸さえも難しくする。

 ドラゴンは大地を揺らしながら俺の正面を横切っていく。その様は、ジャングルの王者などという肩書きではとても追いつかない。遥か格上だ。

 俺は自分の心臓が大きく脈打つのを感じていた。スケールが違い過ぎる存在を目の当たりにすると、ただただ呆気に取られて、そのくせ変に興奮してしまう。


「あれは何ですか」

 急に背後から声がして、俺は身を強張らせた。

「びっくりさせないでよ」

「そのような意図はありません」

 虹髪少女――マーブルは、俺の後ろにぴったりついてきていたようだ。

「それよりもあの生物は何ですか」

「ドラゴン?竜?呼び方はわからないけど、たぶんそういう感じかな。俺の住んでる世界には実在していない」

 どらごん、りゅう、とマーブルは不思議そうに呟いた。前髪から水滴が落ちる。

「全然乾いてないじゃん。風邪引いちゃうよ、さっきの焚火のところに戻ろう」

 決死のダイブを敢行した俺たち二人は、落下中に謎のシャボン玉に全身を包まれ、最後はため池のような場所に着水したため奇跡的に無傷だった。

 一連の出来事を丁寧に振り返ってみても納得できる部分がことのほか少ない。大体、飛び降りる必要があったのかも疑問だ。

 池から上がって、少し歩いた先には都合良く焚火があった。しかし人の姿はなく、周囲を警戒しながらそこで温まっていたものの、何やら地響きのような音が聞こえてきたので俺はマーブルをその場に残し、一人様子を見に行ってみるとあの巨大なドラゴンがいたというわけだ。

 焚火で身体を温め直し、マーブルに質問を投げかけることにした。事情を説明してくれることを期待していたが、いくら待っていてもその気配は見受けられない。

「あの、マーブルさんはなんで追われているの?」

「私のことはマーブルと呼んでください」

 呼び捨てにしろってか。抵抗はあるけど、たぶん年下だから、まあ……。

「マーブルは、どうして追われていたの?」

「私を泥棒だと思っているからです」

「え?何それ。泥棒?じゃああいつらは警察?」

「ケイサツ?」

「あ、ごめん」

 そうだ。この世界には警察という組織は存在しないんだった。

「えーと、兵士?みたいな。鎧を着た連中」

「あ、すみません。お金を持っていますか?」

 予想外の単語だ。お金、と脳内で変換するまでに時間がかかった。

 というか、そもそも俺の質問への回答はどうなったのだろう。

「そんなの何に使うの?」

 鞄の財布には五千円札が入っていたはずだ。しかし、この世界と現実世界とでは通貨が違う。とても使える代物ではないはずだけど。

「お金を要求されました」

 マーブルは淡々とした表情で報告する。その様子に戸惑いながら俺は尋ねる。

「カツアゲされたってこと?」

「カツアゲとは何ですか?」

「えっと、金銭を不当に要求することなんだけど。それより何、誰にお金を要求されたの?」

「この焚火を起こした人です」

 マーブルはそう言うと、どこからか拾ったらしい小枝を火にくべた。パチパチ、と小気味よい音を奏でると、火はわずかに勢いを増した。

 ドスドスと足早に誰かが近付いてくる。振り返ると、そいつは俺の目の前まで勢いよく接近してきた。

「おめがそいつの保護者か?」

「おめ?」

 文脈的にお前のことだろうか。

「いや、別に保護者ってわけじゃ……」

 そいつの容姿を一言で表すなら、体重100キロの浦島太郎、といったところか。服装は絵本に出てくる漁師そのものだが、体格は横綱のようだ。身長も高い。190㎝はありそうだ。

「このガキはおらの焚火を勝手に利用してたんだど。世の中タダほど怖いもんはねえ。焚火の使用料200ドロー、きっちり払ってもらうど!」

「え、せこっ」

 思わず本音が出た。焚火に当たっていただけで金を取るなんて。

「いいでしょ、そんな焚火くらい。減るもんじゃあるまいし」

「何言うだ。焚火をするにも手間がかかってるんだど。おらがちと目を離した隙に焚火に当たるなんて盗人猛々しいにも程がある。焚火の使用料と罰金、しめて400ドロー!」

「さっきの倍じゃねえか!第一、金なんか持ってないぞ」

「なあにぃ?」

 100キロ浦島は団子鼻をすすり、疑り深そうな視線をじろじろと向けてくる。

「法螺を吹くな。そんな珍しい恰好をしといてからに、一文無しってことはあるめえ。このタンゴの目は誤魔化せねえぞ」

 俺は焚火の側に置いてある鞄を掴み、中から五千円札を取り出した。

「これが俺の国の金だけど、どうせ使えないだろ」

「何だこりゃあ。金か?ずいぶん細かく文字を彫ってるな」

「俺は別の国から来たんだ。なあ、タンゴさん。勝手に使ったことは謝るから、この子だけでも焚火にあてさせてやってくれよ。このままじゃ風邪を引いてしまう」

 タンゴは顎に手を当てて五千円札を観察している。

「ちなみに1ドローっていくらなんだ?」

 背後にいるマーブルに尋ねた。

 マーブルは無表情ながら、質問の意図がわからないというように首を少し傾けた。

「1ドローは1ドローです」

「だよね」

 そりゃそうだ。マーブルだってこの世界の住人だ。現実世界の通貨に換算できるわけがない。

「タンゴさん、400ドローで何が買える?」

「あ?ええと、屋台で焼きイモと水アメが買えるくらいだ」

 現実世界なら千円もしない組み合わせだ。

 400ドローは四百円。そう思うことにしよう。わかりやすい。

「じゃあ、5000ドローくらいかな。その金は」

「は…はぁ!?5000ドローだど!?」

 俺はタンゴの手から五千円札を奪い取った。興奮のあまり破られたらたまったもんじゃない。

「法螺も大概にせえ!おらの一か月の生活費より高いど!」

「俺の国じゃあ子どもの小遣いだって400ドロー以上はもらってるよ。大人だったら20万ドロー前後は稼いでいる」

「20万!?王城の衛兵並の給金だど!?」

 タンゴの驚きを見て、俺はある考えが浮かんだ。それを実行するかどうか迷ったが、背に腹は代えられない、思い切って決断した。

「さっきも言った通り、俺は別の国から来たんだ。この国の金は持っていないけど、5000ドロー相当の紙幣はこの通り持っている。紙幣だけじゃない、俺のこの鞄には5000ドロー以上の価値がある品物がいくつもあるんだ。これを全部換金すれば、一体何万ドローの金持ちになることか、楽しみだ」

 はい、とマーブルが手を挙げた。

「シヘイとは何ですか」

「はい。良い質問だけど、ちょっと待っててね。今大事な話をしているから。ねえ、タンゴさん」

 ぬうう、とタンゴは唸った。俺の持つ五千円札と鞄がノドから手が出るほど欲しい、と顔に書いているようだ。

「400ドローだって払ってやるさ。ただ換金しようにも、この国に来たばかりで今は手持ちがなくて困っている。そこでだ、この五千円札を、あんたに500ドローで売ってやるよ」

「なぬー!?」

 タンゴは驚きのあまり引っくり返った。砂浜にずしんと尻もちをつく。

 俺はタンゴに大股で近付き、その丸い顔を見下ろした。

「これは破格の交渉だよ。はっきり言って俺は大損だ。だから、二つ条件を提示したい。その一、焚火を使わせてくれ。その二、この国に関する情報を教えてくれ」

「じょ、情報……?」

「なーに、別に悪いことをしようってんじゃないんだ。俺はこの子を家に帰して、自分も国に帰りたい、ただそれだけさ。さぁ、どうする?と言ってもイエス以外の選択はないよな。こんなチャンスはもう二度とないだろうし」

 俺は言いたいことを言うと、すっと身を引いた。

 タンゴは起き上がり尻の砂を払うと、片膝をつき、焚火の方へ両手を差し出した。

「どうぞ、ご自由にお温まりください」

 マーブルは目をパチパチさせると、真顔のまま俺に拍手した。

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