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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第百五十話 p7『サイコキネシス』

 筋骨隆々とした巨体の老人が女子に襲いかかる様子はなかなかシュールだ。

 猛然と歩を進めるラズワルドに対し、マーブルは本を開いたまま動かない。目を閉じて意識を集中させているように見えるが、あと数秒でラズワルドの張り手が命中する。

「おい、何してんだ!逃げろ、バカ!」とデンが叫ぶ。

 ラズワルドの手が伸びると、マーブルはひらりと身を翻した。風圧で紙が舞うような動きだった。ラズワルドの剛腕を滑るように移動し、背後を取る。が、それも束の間、ラズワルドは伸ばした腕をそのまま真横に薙ぎ払った。マーブルは軽い足取りでバックステップしてラズワルドとの距離を取る。そこで俺は声を上げた。

「ブラックだ」

 いつの間にかマーブルの髪の色が黒く変色している。瞳の色も黒一色だ。

 ラズワルドの張り手を避ける直前、あの一瞬で変化したのか。

「おい、これがアレか?」

 デンが俺の裾を引っ張りながら尋ねる。

「お前が言っていた、“マーブルブラック”ってやつか?」

「うん。あの時とは少し違うけど」

 アティスを倒した時のマーブルブラックは、推理漫画に出てくる犯人のように全身が真っ黒だった。表情も何も判別できないほどの影そのもののような姿。けど今は、髪と目の色が黒いだけだ。

 マーブルブラックの動きはかなり素早い。ラズワルドの攻撃を紙一重でかわしつつ、指で本に何かを描き込んでいる。

「指で描いても本の力は使えるのか?」

 デンが再び説明を求めた。俺もそこまで詳しくは知らないけど、と前置きして答えた。

「マーブルの持つインクの力ってやつらしい。人差し指の先端を見ろよ、さっきまで何ともなかったのに今は黒くなっているだろ。マーブルは黒のインクをコントロールできるようになったみたいだ。どういう仕組みの力なのかは分からないけどな」

「エリア内で使えているんだから魔力とは別の力なんだろうな」

 お互いにううんと頭を捻ったが、いくら想像を膨らませても分かりそうにない。

「どうした!避けるばかりでは勝負にならんぞ?かかってこい!」

 ラズワルドが威勢よく吠える。

「大丈夫です。絵は完成しました」

 マーブルが黒い瞳を見開いたままラズワルドに本を向ける。そこに何が描かれたのか。答えはすぐに開示された。

 突如、ラズワルドの背後に大きな影が現れる。気配を察したのか、ラズワルドは宙返りすると影に向かって鋭い蹴りを繰り出した。

「ぬおおっ!」

 あの巨体をどう操作すればあんなアクションに成功するのか。しかし、その蹴りは虚空をかすめる。

 大きな影の正体は、ラズワルド自身だ。彼の足元の影が意思を持ったかのように起き上がり、襲いかかってきたのだ。言うまでもなくマーブルの描いた絵の効果だろう。

 ラズワルドが動くと影もまた動く。影はラズワルドの動きを模倣しながらも、どんどん大きくなっていった。次第にラズワルドの身長を超えると、影はその両手でラズワルドのベルトを掴んだ。ラズワルドも負けじと己の影の腰辺りを掴む。

「力比べか!?面白い!――ぬぅおおおおっ」

 丸太のような両腕が更に膨張し太い血管が走る。更には急ごしらえの土俵にヒビが入る。一体どんな馬鹿力だ。

 しかし、この競り合いの軍配はマーブルに上がるようだ。ラズワルドと影が一進一退の攻防を繰り広げているさなか、二人はどんどん足元の影に沈んでいく。意外にも、ラズワルドはそのことに気付いていないように見えた。目の前自分の影に負けないように力を込めることしか考えていないのかもしれない。

 そこから先は早かった。二人はするすると影の中に沈んでいくと、地面にはピクリとも動かない影の跡だけが残された。

 一瞬の静寂が訪れる。これでマーブルの勝利かと思いきや、自分の影ごと静寂をぶち破るようにラズワルドが拳を突き上げた状態で現れた。

「甘いわ。これしきのことで儂を――を?」

 ラズワルドは空中で静止した。映像を途中で止めたような不自然な表情や体勢で、それが自分の意思ではないことは明白だった。

「なぬ……?これは、一体……」

「すみません、さっき見せた絵はウソです。本当の絵の上にウソの絵を描きました」

 マーブルの髪と瞳から黒い色が抜けていく。そして、その手に持った本からは黒いインクが滴った。

「相撲は土俵から出たら負けですよね」

 マーブルがそう言うと、ラズワルドは空中で止まったまま、観客席の方にスライドしていくと、ある地点で地面に落ちた。

「しょ、勝負あり!勝者、マーブルさん!」

 スピネさんが我に返ったように勝者の名を告げた。

 俺とデンは一秒遅れで歓声を上げると、マーブルのもとに駆け寄った。

次回 第一部 完

5月28日更新予定

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