第百四十七話 決まり手
一瞬でも気を緩めればあっという間に吹っ飛ばされる。そんな確信があった。このじいさんのパワーは普通じゃない。猛獣?ダンプカー?違う!さすがにわかる、体感したことがなくても。この圧力、どう考えてもそれ以上だ!
「ぐぬっ……ぬううう……!」
歯を食いしばって全身に力を込め、指からつま先に至るまで神経を張り巡らせる。
耐えろ。今はまだ投げ飛ばせない。ほんのちょっとでも攻撃を意識したら次の瞬間にはやられる。防御に全神経を注げ。
「ぬうううん!!」
ラズワルドの力が強まる!やばい!
「ぐっ、うおおっ!」
とっさに重心を下げる。
危なかった!あの一秒、タイミングが遅かったら持っていかれた!
「やりよる。魔獣憑きにしては良い勘をしておる」
俺のことを知っているのか?と訊こうとしたが、ダメだ、とても喋る余裕はない。
「ほれ、集中せい」
ラズワルドが俺のベルトからぱっと手を放すと、ぶおん、と凄まじい勢いの突風が襲ってきた。とっさに身を翻した後で、突風の正体がわかった。張り手だ。
「どんどんゆくぞ!うまく避けてみせい!」
そこからは怒涛のつっぱりだ。一発一発がまるで大砲!
先ほどまでとは一転し、全身の筋肉をリラックスさせる。強張ったままではうまく回避できない。猫のようなしなやかさをイメージしながら精一杯、躱す。
……本当は、猫より犬の方がいいんだろうけど。俺の場合。
「――ははっ!」
思わず笑ってしまう。なんでか、ちょっと楽しい。
魔犬の力は思った以上に馴染んできている。一秒を何分割もしているかのように身体が思いのままに動く。攻撃の起こりを瞬時に察知する能力だけじゃなく、哀帝の動作に対する防御や回避といった対応力が格段に向上している。
もっと試してみたい。今の俺の全力は賢者にも通じるのか?
嵐のような張り手をかいくぐり前に踏み込んだ。一本打法の要領で右手を振り抜く。人生で初めての張り手。その一発はラズワルドの分厚い胸板に届いた。
「~~~っ!!」
掌から腕、肩へ、ビリビリとした衝撃が駆け抜ける。
服の下には何も仕込んでいない。確かに筋肉に触れた……けど、とんでもない密度だ。俺の全力の張りてが、まるで芯には届いていない。
このじいさん、一体どんな鍛え方してんだ!?
「主は見どころがあるな!」
ラズワルドは新しいおもちゃを見つけた少年のような屈託のない笑みを浮かべた。
「今日はここまでとしよう。これ以上は遊びではなくなるのでな」
そう言って、両手をゆっくりと前に差し出した。
頭を捕まれるのかと警戒した瞬間、両方の掌が素早く合わさって、俺の鼻先に爆撃音が突き刺さった。
電源コンセントを無理やり引き抜かれたテレビのように目の前の光景が暗転する。ぐらりと全身の揺らぎを感じた瞬間――
「――がっ!!」
思わず浮いた足に力を込めて、思い切り地面を踏みつけた。
目が開いているはずなのに視界が暗い。頭の横を拳で叩くと、ぼんやりと視界が戻ってきた。
「ふんっ」
背中をバシッと叩かれ、その場に倒れ込んだ。
「いてて……」
頭を左右に振りながら立ち上がった。背中の衝撃よりも、先ほどの爆発音の方がダメージがある。
あれは……魔法じゃない。ただの猫だましだ。
「ひとまずは勝負ありじゃな。さあて、皆の衆!」
ラズワルドが両腕を広げ、観客もとい生徒たちに演説を再開する。
「今の立ち合いを見てわかったじゃろう。主らは何よりもまず肉体を鍛えねばならん」
そうなのか?と俺はデンに目線を送る。
デンは渋い顔でゆっくりと首を傾げた。
次回は4月30日(水)公開予定です!