第百四十三話 顛末
ルテティエ芸術魔法学校の襲撃事件から一週間後。事の顛末は街の新聞社所属の記者たちによる入念な取材に基づき大々的に報じられ、その一大事件は他国にも知れ渡ることとなった。
ニュース紙の見出しは『ペイン理事長暗殺未遂事件』。
ペインは一命を取りとめたものの自力での歩行さえ困難となるほどの後遺症により事実上の引退を余儀なくされる。
理事長代理はクロキ副校長であったが本人が固辞し、その報を受けたペインはゼイルー准教授を指名。教員および生徒からの賛成票は7割を超え、晴れてゼイルーは理事長代理に就任。就任スピーチではゼイルーは緊張のあまり失神。
秘書及び前理事長からの引き継ぎ業務をシブラ助教授、サポートにヴァニス准教授が当たることとなった。また、ゼイルーの強い要望により建築コース中等科アイハライトを秘書係に任命するがアイハライトはこれを辞退。
「そんなこと言わないで!お願いお願い、お願いしますお願いしますお願いします!イトちゃんが側にいなきゃ無理です、こんな重圧業務!」
ゼイルーはべそをかきながらアイハライトにしがみついて懇願したという。
「嫌ですよ。私忙しいんです。半壊した校舎を修繕しなきゃいけないし、繁華街からの家屋の修理依頼もたまってるし」
「それなら私が全部やりますから!あ、ボーナス!ボーナスも出しますから!」
「うおっほん!」
「ひい!」
シブラのわざとらしい大きな咳ばらいにビクつくゼイルー。
「理事長代理。何やら物騒な会話をなさっておられますが、よもや生徒にワイロを渡そうなどと」
「そそそ、そんなことしません……チップです……秘書に対する」
「だめ!」
そうしたゼイルー理事長代理の微笑ましい日常の様子は「ゼイルー奮闘記」としてゴシップ誌に連載されることとなった。
七大賢者に匹敵するとまで言われる強さを持つペインを生死の境まで追い詰めた犯人が、同校の教員と生徒であることにも大きな注目が集まった。
魔法薬学コース兼生活魔法コース教授であるロードヴィと、生活魔法コース初等科のスティッキーことアティス。両者は闇大帝信仰者であり、ペインの魔力を闇大帝に捧げるため暗殺を企てたとされる。
彼らの本来の狙いは運命の本と闇大帝の復活であったが、この二点に関してはペインが緘口令を敷いていた。取材対応を行ったシブラ、ヴァニスも当然この二点は徹底的に伏せた。どちらも世間に知れ渡ると不都合でしかないためだ。
ロードヴィ、アティスは魔力を封じられた上で牢獄に収監された。来月には他国の監獄に移送されることが決定している。
「……何しに来たんだよ」
アティスは項垂れたままぼそっと呟いた。
「ずいぶんな言い草だな。父親を殺そうとした者の反応としては正しいが」
アティスはペインの亡き恋人の細胞から作られた存在ということは報じられていない。ペイン自身が明言しなかったためである。
「何が父親だ。思ってもないくせに。その恰好……もう歩くこともできないんだろ。はは、ざまあみろ。いい気味だ」
ペインは車椅子で行動していた。ペインを蝕んでいた呪いの力はペイン自身の骨肉にも等しく、闇大帝に呪いの力を強奪された際に心臓などの重要器官にも回復不能な重傷を負った。スピネの回復魔法により怪我は癒えたが、現在のペインの体力と魔力は元の一割にも満たない。
「私への嘲りが君の栄養になるのなら、そのまま話し続けると良い。だが気が向いたのならこちらの話にも耳を傾けてほしい」
「……はぁ?誰がお前の話なんか――」
「私の話ではない。君の母親の話だ。私にとっては生涯で唯一の恋人だ」
そこで初めて、アティスが顔を上げた
「私は父親ぶるつもりなど毛頭ない。そんな資格などない。ただ話したいだけだ。私が愛した人の物語を、君に」
「……勝手にすれば」
事の顛末は、これに留まらない。
今回の暗殺未遂事件において、犯人たちと勇敢に戦った者たちは今どうしているのか。