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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第百四十二話 次の朝を迎えるまでに

 屋上に立つと心地よい風が流れてきたので思い切り鼻から空気を吸った。きれいな酸素が肺を満たして新鮮な血液が身体の隅々を駆け巡り、心臓は力強く鼓動を刻む。

「ふーっ」

 声に出して息を吹くと、地面をぐっと踏んで飛び上がってみる。

「おっ」

 それが何メートルくらいなのかは分からない。けれど、確実に人間の域を超えた跳躍であることは疑いようがなかった。二階建ての家なら飛び越えられそうだし、ホームランボールだって直接キャッチできそうだ。

 ほんの数秒、ルテティエの街が一望できる。奇妙なデザインの家々と道端で会話する人々。木材や石材の積み荷を運ぶ人々はこちらに向かっているのだろうか。街の外に広がる山岳地帯と二台の馬車、空には小鳥が群れを成して飛んでいる。

 地面に着地する。猫のように軽やかな着地は、足腰にまったく負担をかけていない。

あの激闘から三日経つ。

 その間、俺は普通に飲み食いして普通に寝て、普通に過ごしていた。マーブルとデンはまだ目覚めていない。二人とも命に別条はないものの、極度の疲労でひたすら眠っているとスピネさんが説明してくれた。

 自分でも驚くほど身体が軽い。それに、やたら元気だ。あれだけ魔犬の力を引き出したからには相応の後遺症は覚悟していたのに、実際には体力は満タン、怪我も疲労もまるで残っていない。

体力全快に加えて身体能力の大幅なパワーアップ。これが全部魔犬のおかげだとすると良いことづくめだ。

 もちろん、これがタダなわけがない。話がうますぎる。何のデメリットもないのなら、師匠が俺に魔犬解放を禁じていた意味がない。

 対価は、神隠しの能力の一部だと魔犬は言った。

 それが具体的に何を示しているのかは分からない。神隠しは試しようのない能力だ、検証も何もない。ぶっつけ本番で神隠しを使った時にわかるのだろう、魔犬が喰った力の代償が。

 ということは、悩んでも仕方ない。わからないことをいくら考えても時間を浪費するだけだ。

 階段を降りようとして、ふと、思いついたことを実行してみることにした。

 この学校の屋上は……七階?八階?どっちだっけな。

 俺は軽く助走すると、屋上から飛び降りた。

「――っと」

 少しだけ態勢を崩しかけたが無事に着地できた。

 ゴオオオッと唸る風の音と引力。足の裏に少しだけ残るジンとした痛み。

 もっと高いところからでも大丈夫そうだ。

「びっっくりした~」

 声の主は両手に本を抱えるジーニャだ。

「どんなところから現れるのさ?屋上から飛び降りたの?それに、どうしたのさ。その髪」

「驚かせてごめん。何か、身体の調子がずいぶん良くてさ。大丈夫そうだなと思って飛んでみたら本当に何ともなくて。髪は……何だろうね」

 スピネさんに指摘されて気付いたが、俺の髪の毛の一部は赤く変色していた。左右、両方の側頭部からこめかみにかけて、血のようにべっとりと赤く染まっていた。だが、特に違和感はなく洗っても落ちなかったのでそのままだ。

「もう、無茶はやめなよ。君は魔法使いじゃないんだよ。足が折れたって自分じゃ治せない――まぁ、あの高さは骨折じゃ済まないだろうけど」

 校舎を見上げるジーニャに、俺は気になったことを尋ねてみた。

「魔法使いじゃなくても、ただの人間じゃないよな、俺って。あんなところから飛び降りても無傷なんだぜ。今でも俺に魔力とかないのかな」

 ジーニャは俺の目を見ながら、うーんと首を捻った。

「魔力は感じない……何か大きなエネルギーみたいなものがあるのはわかるけど、それは魔力じゃないと思う。うまく言えないけど、魔法的な力の気配がしないというか」

「そうか。でも確かに魔法って言われてもしっくり来ないな。バリア張ったり火出したりできる気がしないもん」

「でも火なら出したじゃん。スピネさんから聞いたけど、あの狼男たちを火の矢で撃退したんでしょ」

「あれは魔法か何かわからないけど、魔犬の技だから俺には使えないよ。それに、あいつらは多分……」

 俺が言葉を探していると、ジーニャの後ろからスピネさんが近付いてきた。

「やっつけてはいないでしょうね」

「あ、スピネ先輩」ジーニャが嬉しそうに振り向いた。「医務室にいると思ってました」

「薬が足りないので街の薬局へお買い物です。学校の外に出たのはずいぶん久しぶりで、あちこち見ているうちに遅くなってしまいました。それより、さっきの話ですけど……」

 スピネさんがちらりと俺の方へ視線を向けた。

「はい、あいつらは無事ですね。けっこうダメージは与えたと思いますけど、傷が癒えたらまた襲ってくるかもしれない」

「そしたら今度はこっちも最強メンバーで対抗しましょう!」とジーニャが前のめり気味に言った。「王国に要請して七大賢者に召集をかけてもらって、今度こそ完膚なきまでに倒しましょう。理事長も助かったことだし、連中が来るまでに迎撃態勢を整えましょう」

 ジーニャさん、とスピネさんはジーニャの肩に手を置いた。

「残念ですが、ペイン理事長はもう戦うことはできません。体内にある複数の重要な器官に回復不能な損傷が確認できました。今生きていられるだけでも奇跡と言っていい状態です」

「う……。や、やっぱり難しいですか……。すみません、うすうすそんな気がしていたのに勢いで言っちゃいました」

「迎撃は難しいと思う」

 ふいに思っていたことが口に出た。スピネさんは目で俺に続きを促した。

「あの冥狼って奴、明らかに本気を出してない。俺に魔犬が憑いているように、あいつにも“天狼”ってのが憑いているらしいですけど、その力は一瞬たりとも使っていません」

 それらの情報はすべて、魔犬が俺に主導権を戻す時に与えてくれた知識だ。

 もし、天狼の力を使われていたら俺たちは全員死んでいた。魔犬がもっとも神経を使ったのは冥狼に力を使わせる隙を与えないことだった。

「冥狼は俺たちのところに来た時、すでに賢者と戦った後で消耗していた。こっちのメンバーはスピネさんの魔法で体力が戻っていた状態だったのに、たった一発で複数人が戦闘不能に陥った。力の差は歴然だった。その、やられたジュパールって賢者も七大賢者の一人なんだろ?冥狼はハンパじゃなく強い。これで闇大帝が力を取り戻したら……万全の態勢で来られたら賢者が何人ついていようと少なくとも俺たちは全滅しちゃうんじゃないかな……?」

「……と、特に反論の余地はないね」

「スピネさん、話は変わりますけど二人の様子はどうですか?」

「二人とも体力も魔力も戻っているから、じきに目が覚めると思いますが」

「そうですか。じゃあ、ちょうどよかった」

 ジーニャとスピネさんが顔を見合わせる。スピネさんは何かに気付いたようにはっとした。特に隠すことでもないから、俺は胸中を打ち明けた。

「二人が目を覚ましたら街を出ようと思う。あいつらの狙いはマーブルと運命の本だ。俺たちが出て行けばこの街は襲われない」

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