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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
135/151

第百三十五話 p6『太陽よりも眩しいもの』

 本の頁がめくれた瞬間、スピネは呪文を唱えた。

「“癒しのキュアコール”」

 綿菓子に似た雲の塊が空から飛来してくる。雲はスピネの頭上でいくつかの塊に弾け、傷つき倒れた戦士たちの下へ向かうと、優しい雨を降らせた。花に水を与える如雨露のような雨だった。

「この絵は――」

 闇大帝は逡巡した。そこに描かれている黒い人影は自分を示していることは明白。問題は、その黒い影が二人の戦士に退治されていることだ。一人は雷獣、雷電を放出している。もう一人は手にしている大槌にその雷電を受け、黒い人影に向かって一打を浴びせている。

 犬房一志とデン。魔犬もどきと雷獣の落ちこぼれか。

「なんとつまらぬ落書きか。駄作という言葉ですら足りぬほどの陳腐な絵である」

 最初の絵で太陽を描いた意図は攻撃ではなく、あの二人の回復。スピネのあの魔法は夜では使えないのだろう。だから夜を晴らした。

「言うまでもなくこの絵は現実にはならぬ」

 闇大帝はマーブルに語りかけながら魔力を集中させた。

 最初に立ち上がったのはデン。それから間もなくして犬房一志が立ち上がる。その姿を見て闇大帝は確信した。

「光の力を纏っていたとしてもだ」

 ただ戦わせるだけではない。さすがにそこまで無策ではないだろう。この絵を見て予測がついた。二人の戦士の輪郭がかすかにブレているように見える。これは二人が発露した気を表現しているのだろう。

 闇を打ち破るのは光の力。何とも芸がない。あからさまな弱点を放置して何の対策もしないはずがなかろうに。

 闇大帝は素早く手印を結び唱えた。

「“白夜”」

 突如巨大な津波が迫ってくるイメージがスピネの目に飛び込んできた。みるみるうちに背景が白く塗り潰されていく。スピネに、いやこの場にいる誰しもにダメージはない。

「ラズワルドから教わらなかったのかね。黒く染まるものだけが闇ではないぞ」

「……白い闇。これは……光の魔力を無効化する魔法ですか」

「否。属性の強制変換だ。白夜の領域内ではいかなる魔法も闇属性に転ずる」

 最悪、とスピネは呟いた。

 闇大帝は闇属性の魔力を吸収する。この魔法が発動している限り、魔力によるあらゆる攻撃は闇大帝のエサでしかない。

 マーブルがどういうイメージを持って絵を描いたのか、スピネは意図を測りかねていたが、闇大帝の推察に間違いは無いと感じた。犬房一志とデンは確かに光の魔力を纏っている。

 闇大帝には光の魔法が有効であることは伝えたが、彼女は真っ先に二人の絵を描き始めた。二人を戦わせるのなら、闇の魔力によって負ったダメージを癒すことが必要不可欠だと説明した。しかし、絵を描いている時のマーブルは鬼気迫る様子で、こちらの言葉はまったく届いていないように思えた。スピネは懸命に太陽が出る絵を描いてほしいと頼み込んだ。光の魔法は太陽下でこそ強い効力を発揮する。光属性の回復魔法である“癒しの雨”の回復量も大幅に増え、瀕死の状態であったイッチとデンは共に立ち上がった。

「さて、どうするのか。もはや我に攻撃は無意味であるが」

 犬房一志は光の大槌を何度か素振りすると肩に柄を乗せた。

 デンは一歩踏み出すごとに小さな身体から溢れんばかりの雷光を輝かせた。

「ずいぶんと自信に満ちた歩みである。余程の力を本から得たと見える」

「違う」とデンが答えた。

「ほう……瀕死であった貴公らに活力を与えたのはこの本ではないと」

「傷が癒えたのはスピネさんのおかげだ。でもお前に立ち向かう力はそれだけじゃない。最後に力をくれたのはマーブルだ」

「ふむ。確かに素養はある。しかし現実が見えていない。この本は都合の良い空想を叶えるだけの道具ではないということをよく理解できていないようだ。この絵は現実には変えられぬぞ」

「変えてやるよ。俺たちの力でな」

「やってみるがいい――」闇大帝が手の平を向けて拳を作り出す。「“焦握”」

 一秒の予兆もなく発生する爆炎。明確な回避方法が見出せていないまま、二人は反射のままに飛び上がると、爆風に煽られ空高く舞い上がった。

「デン、頼む。これが最後の一撃だ」

 犬房一志は空中で大槌を構える。デンもまた、空中で急速に雷電の魔力を高める。

「ありったけを込めてやる」

 デンは宣言通りの魔力を光の大槌につぎ込んだ。魂ごと捧げるような気合の込め方に、大槌を握る犬房一志の手に更なる力が滾った。

「くらえ」

 雷光轟く光の大槌を両手で大きく振りかぶる。太陽までもが味方をしているような情景に、闇大帝は思わず目を細めた。

 無駄だ。

 どれだけパワーを上げたところで攻撃はすべて闇に溶ける。


 ピシ……ピシ……


 ――この音。まさか。

 

 ……ビキキッ……


 やはりこれは領域の決壊音。

 馬鹿な。あのような駄作が――

「――オオオオオッ!!」

 振り下ろされる最後の一撃。文字通りの全身全霊の一打。

「ぬうううっ!」

 闇大帝は魔力を集中させた両手で大槌を受け止めていた。

 わずかでも気を緩めれば両の腕は破壊されるであろう、猛威の一打。

 ――素晴らしい!

 不完全体とはいえ白夜を以てしても塗り潰せぬ幻想の力。

 わずかに残されたインクの力と創造力でこれほどの一撃を生み出すとは。

「ウオオオオオオ!!」

 犬房一志の肩に乗る雷獣デンが更なる雷電を大槌へ注ぎ込み続ける。この雷電の余波は犬房自身にも相応のダメージを与えているが、両者ともに一切の躊躇がない。我を倒すことだけを目的とした生命体であるかのように、必死に食らい尽くそうとする。何と健気なことか。

「ふ、ふ……良いものを見せてもらったぞ。だが終わりにしよう。いかなる幻想も終焉を迎え、最後はすべて闇へと還る」

 闇大帝は自身の影を操作し、影に手印を結ばせた。

「我にここまで魔法を使わせるとは思わなかったぞ。褒めて遣わす――」

 発動すればすべてが終わっていたであろう闇大帝の魔法は、更に強まる光によって打ち消された。

「――何だと」

 二人の姿が更に輝いていく。闇大帝の影がかき消えてしまうほど。

「私にとって……は……」

 力を使い果たし、倒れ行くマーブルが懸命に口を動かそうとする。

「太陽……より、眩しい……もの……」

 マーブルの瞳が閉じたのと同時に、辺りは目映いほどの光に包まれた。

 スピネの頬に涙が伝った。その光は、どこか温かかった。

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