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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第百二十五話 天地無用

 大型の猛獣と対峙したらこんな気持ちになるだろうか。

 呼吸を忘れてしまうほどの、圧倒的な緊迫感。魔力というものを感知できない俺でさえ、嫌でも伝わってくるプレッシャー。

 一瞬で吹っ飛ばされたベリルが、頭を左右に振りながら立ち上がる。本格的な攻撃ではなかったから、ダメージはそう大きくなさそうだ。

 ただ、それにしても裏ゼイルーの動きが速すぎた。数十メートルの距離を一瞬で詰める。おそらくあれは魔法の類ではなく、単なる身体能力だ。何かしらのスキルを発揮したような特別な仕草はなく、それこそ猫が思いがけず高く飛び上がるように、ほんの一瞬の“溜め”の跳躍に過ぎなかったはずだ。それがベリルほどの実力者でもまるで反応できない速度だった。なんてレベルだ。

 ふむ、とロードヴィは興味深そうに頷いた。

「アティスのデータよりもさらに魔力が増幅している。父がお目覚めになられた影響だろう。それほど高密度な魔力を御しきれるのかは少々疑問だが」

「ハッハー!愚問の間違いだろ!」

 ドン!と花火が打ちあがるような音が響いたと思うと、ロードヴィは物差しより長いペンのようなもので裏ゼイルーの攻撃を受け止めていた。

「――く」

 ロードヴィはかすかに声を漏らした。

「……分からないな。なぜ私に攻撃を?我らは同じ父を持つ同胞ではないか」

「ハラカラ~?んだそりゃあ。関係ねぇーんだよ!」

 裏ゼイルーは猛虎の如く、いやそれ以上の速さでロードヴィに攻撃を繰り出していく。俺の目では追い切れないほどの速度で、それでいて明らかに俺やオーガより一撃一撃が重い。こっちは見ているだけなのに腹の底まで衝撃が響いてくるようだ。

「お前たち、もっと下がっていろ。巻き添えを食う」

 いつの間にかベリルが隣に立っていた。

「アイハラ、念のため人形たちに向けて糸の結界を張っておいてくれ。こうなった以上、先生――いや、裏ゼイルーをロードヴィに専念させること、横やりを入れさせないことが俺たちの仕事だ」

「それだけじゃない」と、アイハラさんが手から糸を出しながら言った。「私たちがロードヴィの“魔眼”に操られないように注意を払っていた方がいい。私たち生徒の存在は裏ゼイルーにとって弱点になりかねない」

「どういう意味だ」

「正直、私も半信半疑だったけど……裏ゼイルーは、ゼイルー先生と同じように私たちを守ってくれようとしているみたい」

 裏ゼイルーは悪魔のような笑い声を上げながらロードヴィに連撃を仕掛けていた。垣間見えるその表情は、どこか無邪気ささえ漂わせていた。傍目から見ればロードヴィよりよほど危険な敵に見えるけど、試験官としての裏ゼイルーを知っている俺からすると、アイハラさんの言うことも分かる気がする。言葉や態度こそ乱暴だったけど、試験官という役割は最後まで投げ出さなかった。

「つまり裏ゼイルーにとっても私たちが庇護対象だから、ロードヴィに操られると思うように戦えなくなるってことですか?」とジーニャが要約する。

「ええ。有事の際はまず理事長、理事長に頼れない状況ならゼイルー先生の下に集まるようにってシブラさんが言っていた意味がそこにある気がする。普段の言動からは想像しにくいけど、裏ゼイルーは味方だと思う。ゼイルー先生自身そう思っていなかったから無理やり押さえつけようとして、あんなに暴れ散らかしていたけど……」

「お前ら!」

 裏ゼイルーがこちらに向かって叫ぶ。

「そっから動くなよ?落ちたくなきゃあなあ!」

 そう言うと、裏ゼイルーは大きく上げた足を地面に強く叩きつけた。すると、先ほどまでとんでも跳ねてもまるでびくともしなかった強固な床が、粘土のように形を変えていくではないか。

「うわぁっ!」

 大きく地面が歪みバランスを崩しかけるが、うねっている地面が手のように足首を掴み、放さない。自分自身が地面に生える一本の木になったようだった。触手とも言うべき地面から伸びる手は何本も生え、足首から腰までがっしりと押さえつけている。

 地面はそのまま背中側の方にせり上がっていき、さっきまでの位置関係とはまるっきり逆になった。俺は天井に立っている。ベリルにアイハラさんも同様の状態だ。ただジーニャだけは身体の周囲で地面の触手が止まっているが、俺たちと同じように天井に直立している。

「とっさにバリアを張ったんだけどバリアごと持っていかれた。“詰み”じゃない?これ」

「これが裏ゼイルーの魔法か。実際に体験するのは初めてだが……凄まじいな。呪文の詠唱もなく一瞬でこれほど広い範囲に効果を及ぼすとは」

 冷静に解説しているベリルも逆さ吊りだ。

「でも魔法が大味すぎてロードヴィには通用していない」

 アイハラさんの指摘通り、ロードヴィは宙に浮いていた。地面の触手に絡み取らせず、悠々と中空で周囲の様子を観察している。

「君の手の内は知っている。足手まといたちをかばったところで――っ!」

「ごちゃごちゃうっせぇ!」

 裏ゼイルーが拳を振り下ろすと同時に、天井から巨大な拳が振り下ろされ、ロードヴィが地面に叩き落とされた。

「ふん!」

 今度は手を開くと、五本指を軽く折り曲げる。すると、ロードヴィが着地した地面から触手が生え、ロードヴィの身体をしっかり掴んだ。

「ここは狭いからな!思いっきり外で遊ぼうぜ!!」

 ロードヴィを掴んだ無数の手が遠ざかっていく。

「さーて。おい、お前ら」

 裏ゼイルーが声をかけると、せり上がっていた地面が元に戻っていく。

「なんでここにいるんだよ?」

 ベリルが一歩前に出ると、丁寧なお辞儀をした。

「要を守るためです。この地下の奥深くにある要石を抜けばこの学校が崩壊すると聞きました」

「そうか。じゃ消えな。あたしが出たからには何の問題もねえよ。こんなところで油売ってる暇があるんなら一人でも多く助けてくるんだな」

「待ってください」

 後ろを振り向きかけた裏ゼイルーに声をかけた。

「その助けたい人が、ここの一番上にいる。でも階段が落ちて上のフロアに上がれないんだ。何とかしてくれよ」

「ちっ、めんどくせぇな。おい、ベリル。お前も一緒に行ってやれ」

 いきなり指名の入ったベリルは少し目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻した。

「わかりました。アイハラ、ジーニャ。ここは頼むぞ」

 二人が声を揃えてはい、と返事した。

「ジーニャ、頼む。デンを見てやってくれ。あいつは生きている!」

「わかっているよ。これからスピネさんのところに連れて行く」

 頼むぞ、と俺はもう一度呟いた。

「おぅ、言っとくがな」と裏ゼイルーは人差し指を立てた。

「最上階は地獄だ。くそムカつく、どでけぇ魔力が現れやがった。助けてぇ奴がいるなら、そいつを連れてさっさと逃げろよ」

「大丈夫です。逃げることに関しては一流ですから」

 ふん、とゼイルーが鼻で笑うと、俺とベリルの足元がせり上がっていく。天井の壁が門のように開かれていく。

「う、うわ……凄いな、あっという間に」

「この明かり、もう地上に着くな。この速度なら最上階まで一分というところか。非常に便利な魔法を持っているな、裏ゼイルーは」

 ベリルの予告通り、俺たちを乗せたむき出しのエレベーターは地上に到達すると、休む間もなくそのまま最上階へと登っていく。けど俺もベリルも視線は足元、通り過ぎていく一階のフロアを見下ろしていた。まだ何人もの生徒たちが争い合っている。

「こんなことはもう終わらせるぞ。俺たちはこの学校でまだまだ学ぶべきことがあるんだ」

 ああ、と頷くと、ポケットの中の丸薬を握りしめた。

 上にいる奴はレベルが違う。俺じゃまるっきり相手にもならない。そんなことは百も承知だ。

 けれどやらなきゃいけない。必ずマーブルを助ける。そのために俺は戻ってきたんだ。

 この丸薬は、敵の姿を確認次第、すぐに飲み込む。それさえもできなくなるほどの致命傷を負わされる前に。

「何だ?上はずいぶん暗いな」

 ベリルが上階を見つめながら呟く。

 それはたぶん、あの黒くなったマーブルの力のせいだ。

 でも、何だろう。この匂いは……。

「ベリル。俺が助けたいマーブルって子は、魔力じゃない別の力を使えるみたいなんだ。だから魔力感知には引っかからないかもしれない。それを踏まえて、上に何人いるか分かるか?」

「感じられる魔力は二人分だ。どちらもかなり弱まっている。特にペイン理事長の方はまずいな。瀕死の状態だ。もう片方は感知したことのない魔力だ。おそらく敵だろう、悪意を感じるからな」

「じゃあマーブルを入れて三人か……」

「腑に落ちない様子だな」

「……なんか、寒いんだよな。さっきから……」

「寒い……?俺はむしろ暑いくらいだが」

「いや……気のせいかな」

 やがて、周囲が闇に包まれた空間に俺たちの姿がすっぽり入ると、足元の地面が制止した。

「足の拘束が解けた。どうやらここで降りていいらしいな」

 ベリルが軽く跳躍し、俺もその後に続く。

「戦闘は終わっているようだ。これを持って俺の後ろについてこい」

 そう言って渡されたものは、野球ボールのようなサイズの水晶玉だ。

「"灯れ”の言葉で周囲を照らす。やってみろ」

 言われるがまま唱える。「“灯れ”」

 すると、水晶玉が白く発光した。半径十メートル以上はものがはっきり――。

「マーブル……?」

 頭の先からつま先まで、シルエットのように黒く染まったマーブルが……。

 かつん、と水晶玉が転がった。俺の手から落ちた。

「おい、どうした」

 ベリルが水晶玉を拾い上げ、さらに周囲を明るく照らす。

 おかげで今度はよりはっきり見えた。

「何だ、これは……」

 黒いマーブルは、絵画のように。あるいは蝶のように。壁に貼りつけられていた。腹部を大刀で貫かれ、それがまるで壁に打ち込んだ杭であるかのように。

 パリ、と薄氷が割れるような音。マーブルを覆っていた“黒”の一部が剥がれ落ちた。剥がれた部分からマーブルの横顔が覗く。

「どうかね。私の作品は」

 何者かの声が響く。姿が見えない。

「芸術鑑賞は初めてかな。光栄に思うがよい。生きているうちに我の作品を目の当たりにできることなどそう滅多のはないのだから」

「ベリル……ペインを頼む……」

 俺は握りしめた丸薬を、飲み干した。

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