第百二十一話 四人の攻防
いくつものドリルが床を突き破ってくる。それらを避けてバランスを崩したところで、正面からドリルが飛んでくる。黒縄の棍棒で受けるが、その衝撃たるや凄まじいもので、俺はいちいち吹き飛ばされてしまう。
体勢を立て直したところで追撃のドリルが飛んでくる。今度こそ踏ん張りを利かせて、ドリルを打ち返す勢いで棍棒を振るが――。
「――うぅっ!」
ドリルを受けることができても打ち返せない。何なんだ、この重さは!
両腕に嫌な振動が響く。ダメだ、このまま受けていたら腕が使い物にならなくなる!
棍棒を斜めに振り下ろし、衝撃の方向をかろうじて逸らした。
さすがに強いな、ゼイルー先生。間合いに入ることもできない猛攻だ。
俺とジーニャはさっきから防戦一方だ。ジーニャのバリアでさえ複数のドリルだと破壊されてしまう。オーガにバリアを張りながらドリルに対抗しているけど、オーガ自身も明らかに消耗している様子だ。肩で息をしている。
ただ、あの男――ベリルは別格の実力者だ。
動きが目で追いきれない。
「犬房」
ふいに背後から声をかけられぎょっとした。さっきまで向こうにいたベリルだ。忍者のような黒装束に身の丈を超えるほどの大筒を抱えている。
「そろそろデカいのが来る。一旦退避しろ。そして俺が合図したらオーガと同時に攻撃を仕掛けろ」
俺の返事を待たずにベリルは駆けていく。あれだけの大きな武器を担ぎながら、獲物に迫る肉食獣のような速さだ。
「うう……うううう!!」
ゼイルー先生は苦しそうに頭を抱えている。時々頭を左右に振る様は、とり憑いている何かを追い払うように見えた。
アイハラさんの説明では「半覚醒状態」らしい。
「裏ゼイルーが無理やり入れ替わろうとしているのをゼイルー先生が抑えているの」
わけのわからなくなりそうな説明だけど、あの二次試験での豹変ぶりを知っている俺はシンプルな回答を導き出した。
「やっぱりあの先生二重人格なんですね」
でも、あの時とは明らかに様子が違う。あんなドリル出して攻撃してこなかったし。あの時は試験だったからか?
「表も裏も記憶を共有しているから解離性同一障害とは異なるけど、まあそういう認識でもいいかな。裏ゼイルーはめちゃくちゃやるけど、理事長の指示にはちゃんと従っていた。乱暴だけど無意味に生徒に危害を加えるようなことはしなかったし、あんな風に無理やり出てこようとしている姿を実際に見るのは初めて――おっと」
こちらに飛んできた何かをアイハラさんが手を差し伸べて空中で止めた。それはあらゆる物質に穴を開けてやろうする意思の詰まった螺旋状の三角錐だ。道路の傍らで見る三角コーンよりも大きい。
「な、何ですか、これ?ドリル?」
「ゼイルー先生の魔法。裏ゼイルーが無理やり出させているみたい」
アイハラさんは手を翻すと、ドリルが地面に落ち、やがて消失した。
「こういうのなら私もお役に立てそうかな」と、ジーニャはバリアを広げた。
「四つ……いや、三つかな。このバリアの強度で受けられるのは三つまでだね。四つ以上受けると破壊されるから気を付けて。それで攻撃はどうするの?召喚術?」
「さすが、何でもお見通しですね」
ジーニャは素早い動作でオーガを出現させた。オーガは俺の方を一瞥すると、かすかに手を上げた。俺も同じように応じる。
「とりあえず、これで何とか渡り合ってみます」
ジーニャとオーガはドリルの猛攻に真っ向から挑んでいった。
「俺も行きます。ゼイルー先生には正気に戻ってもらわないと困る」
「ちょっと待って」
アイハラさんは解けた髪をまとめ直した。
「上にいる奴を倒せる?」
「上?もしかして、クロキとボアーラ以外にいるもう一人のことですか」
あの異様な気配。マーブルはそいつを倒すために飛んでいった。
「そう。今まで感じたことのない魔力……あれが話に聞いていた『闇の者』だと思う」
「闇の者……それって一体何なんですか?」
「詳しくはわからないけど、裏ゼイルーが突然暴れ出したら原因はそれだと思えって本人から言われていた。あいつを倒せればゼイルー先生は元に戻るはず。ただ、相手の力はだいぶ削れているようだけど、理事長の魔力がすごく小さくなっている。加勢が必要だと思うけど」
「向こうにはマーブルがいます」
「マーブル?」
「俺の友だちです。今、あいつが戦ってくれてる」
「……不思議。理事長以外は敵の魔力しか感じないけど、確かに何かと戦っているような感じがする」
「あいつを助けに行くためにはゼイルー先生の力がいるんです。他に何か方法はないんですか」
「上に繋がる大階段は崩壊したってことね。じゃあ、ベリルの手助けをしてあげて」
「ベリルってあの、すごい速い動きをしている忍者みたいな」
「彼は真っ向から裏ゼイルーを止めようとしている。私も助けてあげたいんだけど、これじゃあね」
そう言うと、アイハラさんは首を少しだけ後ろに傾けた。その背後には何百人もの『人形』が迫っていたが、アイハラさんの魔法の糸によって動きを止めている。その集団の中には同じクラスの連中やジョットまで混じっていた。
「とにかく彼の指示に従って。今の裏ゼイルーは普通じゃない。急激に魔力が高まり続けている。完全に目覚めたら私たちじゃどうしようもできない」
そう言われて何とかベリルのいる最前線に向かおうとしたが、この様だ。とうとうベリルの方からこちらに出向いてもらう羽目になった。わかっちゃいたけど、俺はまだまだ実力不足だ。
「ジーニャ!一旦退がろう!なんかデカいのが来るらしい!」
俺がジーニャに呼びかけたその数秒後。
「ううう……ッああがああああ!!」
地の底まで響くような裏ゼイルーの叫喚と共に、巨大なドリルが天井を突き破って降りてきた。あまりにも大きいそれは、荘厳にそびえ立つ氷山の一角を思わせた。
「やばい!これバリアでも無理だ!」
ジーニャが叫ぶ。
「走れ走れ!」
俺が叫ぶ。
力の限り、二人とも駆ける。
ベリルはその方向とは反対に駆け出し、大筒を氷山に向かって構えた。
「虎王破砕砲」
大筒が光を放つと、とてつもない爆音と衝撃が響いた。