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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第百十八話 役目

 その光景は、なぜかスローモーションのように見えた。

 剣に喉を貫かれたジーニャは、ゆっくりと倒れていく。俺は悲鳴を上げながら駆け寄り、かろうじて彼女が地に伏せる前にキャッチした。

「ジーニャ!ジーニャ!」

 唇がかすかに動いたと思うと、ごぼ、と大量の血を吐き出した。みるみるうちにジーニャの衣服が、俺の両手が鮮血に染まっていく。

 どうしよう、どうすれば。落ち着け。――無理だろ!こんな状況!

 血。喉。剣。敵。どうすれば、どうすれば!

 落ち着け!ジーニャ、ジーニャを助けないと!

 スピネさん!そうだ、スピネさんのところに連れて行かないと!

 でも、こんな状況じゃ――。

「あはは。ははは」

 ジーニャを刺した男の妙に明るく乾いた笑い声が、俺の神経をひどく逆撫でした。

 こいつ、何、笑ってやがる――!

「誰だって笑うさ。まるで本当に死んでしまうみたいな騒ぎじゃあないか。彼女は何も、どこにも傷なんてないのに」

「な、何言ってやがる!こんなに血が……」

 ふとジーニャの喉元に目をやると、さっきまで刺さっていた剣がない。それどころか、あれだけ出ていた血も、傷一つない。

「え……」ジーニャは目を丸くしながら、自分の首を何度か触った。「これが……。そっか。イッチくん、ありがと。降ろしていいよ。あたしは本当になんともない」

「ど、どうなって……」

「幻覚の魔法だよ。やったのはもちろん――」

「ロードヴィです。初めまして、犬房一志君」

 ロードヴィはそう言うと、丁寧に会釈した。

「幻覚……?」

 思わず両手に視線を落とした。嘘だろ。あれが幻覚だって?ジーニャの鮮血、その匂いや温度も、間違いなく本物の実感だった。

 幻覚。完全に五感を騙す能力。そんなもんどう対処したらいいんだ?

 大体こいつ、なんでここにいるんだ?

 正面対決では勝てない。スピネさんからそう言われていたからこそ、俺たちは――。

「不意打ちしなければならなかった、か」

 びくん、と身体が動いた。今、俺が思っていることを言い当てた。

「精神操作系の魔法使いへの対処法としてはこれ以上ない正解だ。教えたのはスピネ君だろう。彼女は本当に優秀な教え子だ。もっと違った形で出会いたかったよ」

「……俺の心を読んでいるのか?そんな魔法まで使えるのか」

 そういえばさっきもそうだった。嘲るロードヴィに怒った時、俺は喋っていなかったのに、ロードヴィは俺の胸中を読んだかのように話しだした。

「君たちは僕の見せた映像を現実のものだと認識した。その瞬間、僕たち三人は同じ世界を共有していたんだ。理解できるかな。あの瞬間、僕たちは三人で一つの脳だった。頭の中を読むことくらい、わけないさ。つまり一度幻覚にかかった者は心を読まれるということだ」

「デタラメ言うな」

 ジーニャは頭を軽く振りながら立ち上がり、言った。

「だったら、あたしたちにもあんたの考えていることがわかるはずだろ」

「ああ。僕が今説明したことをあの瞬間に認識できていれば、ね。もっとも、それができる者はおそらくペイン理事長だけだろうが……他人と脳を共有する感覚など気付こうと思っても気付けない。それにしても……」

 そこでロードヴィは口元に拳を運び、失笑した。

「デタラメ……?ジーニャ君らしくもない陳腐な言い草だ。君たち如きを煙に巻いて、僕に何の得があるのかな。僕にとって君たちは――」

 ぴたり。

 冷たい指が、のど元に触れる。

「蟻と変わらない。人差し指で潰せるのだから」

 一瞬で氷漬けにされたかのような、悪寒。

ロードヴィが俺とジーニャの間に立っている。

俺たちは警戒して距離を取っていたはずなのに。数十メートルの距離が、瞬き一つで消失した。

「――くっ!」

 ジーニャが杖を、俺は棍棒をほとんど同時に振るうが、ロードヴィの姿はそこにない。

「君たちにはもう用はない」

 ロードヴィは軽快な足取りで階下へと向かおうとしていた。」

「マーブルに関する情報はすべて把握しておきたかったから記憶を読ませてもらったが、大した情報は持っていないないようだ」

「待て!」

 黒縄の棍棒を構えると、ロードヴィはちらりとこちらを一瞥し、短く唱えた。

「“虚構の魔眼ドゥームズヴィジョン”」

 突如、ぐにゃり、と不快な感触が足に伝わる。床がこんにゃくのように変化している。

「『幾万の屍骸』」

 ぐにゃぐにゃと弛む床から、剣を持ったガイコツが大量に湧いて出てくる。

 ――これは幻覚だ。

 騙されるな。現実じゃない。これは幻覚だ。

 落ち着いて冷静に観察すれば――!

 そんな楽観的な考えは許さない、と言わんばかりに骸骨が剣を振り下ろす。

 頬に鋭い痛みを感じたかと思うと、すぐに生暖かい液体が溢れ出て、あっという間に首元とシャツを赤く染め上げていく。

 ――これが幻覚?

 この痛み!匂い!温度!

 いくら頭で幻覚だと叫んでも、痛覚や嗅覚が、感覚が現実にしてしまう。

「きゃあああああ!!」

「ジーニャ!」

 無数のガイコツたちがジーニャを押さえつけている。その先には、剣を振りかざしたガイコツが――!

「くそっ!やめろ!!おい、放せ!」

 ちくしょう!

 ダメだ、くそっ!数が多すぎる!

「イッチ、伏せろ!」

 唐突に飛んできた声の主に、俺は瞬時に気付いた。

 言われるがままにすると、床が一瞬白く光った。次の瞬間には、凄まじい落雷の音が鳴り響いた

 見上げると、ジーニャに剣を振り下ろそうとしたガイコツは上半身を失っていた。

「お前ら、多少のダメージはガマンしろ……いくぞっ!!」

 宙に浮かぶデンが雄々しく吠えると、大きな雷が大蛇のようにうねり、周囲にいた何百何千ものガイコツを飲み込んだ。

「すごい……」

 ジーニャが呆然と呟いた。俺もまったくの同意見だった。そして、どうやらこの男も。

「へえ。ドゥームズヴィジョンに干渉してくるとは……やるじゃないか」

 ロードヴィの感心そうなセリフをしり目に、デンは俺に向かって吼えた。

「何ぼさっとしてやがる!イッチ!お前はさっさとゼイルーって奴のところに行け!」

「い、いや、でもお前、まだ完全には体力戻ってないんだろ。だったら、俺たちで協力してロードヴィを一斉に叩いた方が……」

「黙れ!お前、自分がここに何をしに来たのか忘れちまったのかよ」

 デンが強い眼差しで俺を睨みつける。

「お前が自分で言ったんだぞ!マーブルから離れないって!だったら、こんなところでちんたらしてる場合じゃねえだろ!早くマーブルのところに行けよ。それがお前の役目だろ」

 俺は口にしそうになった言葉を飲み込んだ。「すまない」も、「ありがとう」も、何か違うと思った。

「ロードヴィは……こいつはおれがやる。こいつを止めるのがおれの役目だ」

 頼もしい相棒に、俺は一言だけ残すことにした。

「ここは頼んだぜ、デン!」

 ジーニャに目配せし、文書庫へと繋がる階段へ向かった。

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