第百十六話 ライジング・デン
夢の中で、おれは仄暗く長い道をみんなと走っていた。それはおれが実際に目の当たりにしたいつかの情景だ。それがいつだったのかはもう思い出せない。
先頭はもちろんオサだ。オサはどんどんスピードを上げていく。おれもみんなも必死についていこうと、懸命に足を動かした。心の臓がはちきれるほど脈を打ち、悲鳴を上げる臓腑は呼吸をするためだけに存在しているようだった。
それでもオサとの距離は縮まらない。それどころかどんどんと遠ざかっていく。おれは次第に、みんなともだんだん距離が開いていく。
このままじゃ置いていかれる――。
そう思ったことが致命的だった。おれは足がもつれて転んでしまう。起き上がる頃には、みんなの姿は豆粒大になっていた。
おれはあわてて走り出すけど、もう決して追いつくことはない。疑うことは弱さに直結する。おれの足を、おれの速さを、おれの可能性を、誰よりおれ自身が信じきれていないということを思い知った。
なぜ信じきれないか。弱いからだ。
どんよりとした気持ちのまま目が覚めた。
「まだ休んでいた方がいいですよ」
柔らかい声のする方を向いた。
「こんにちは。私はスピネと申します」
スピネと名乗った女は丁寧にお辞儀をすると、すぐに机の方に向かい直した。
「ようやく魔力が戻ってきたみたいですが、まだ万全とは程遠い状態ですね。今のあなたの状態に適した回復薬を調合しますので、少しお待ちください。回復薬を飲んだら、しっかり食事を摂った上で最低でも六時間は寝てください。そうしたら体力・気力ともに完全回復するはずです」
「お前は医者か?悪いが、そんな時間はないんだよ」
「免許は取得していませんが、医者にできることは私にもできます。私はこう見えても魔法薬学の首席ですから」
「こう見えてもって言うほど意外性はねえよ」
ベッドから出ようとしたが、うまく足が動かない。
「あなたが奪われたのは魔力だけでありません。生命エネルギーも同様です。元通りの運動能力を取り戻すには食事と休息が何より大切です」
「くっ……う、お……」
何とか立ち上がるが、全身に力が入らない。いくら力を入れようとしても抜けていく。
一歩も踏み出せないまま、その場に崩れ落ちてしまった。
スピネがおれの目の前まで近付くと、おれの身体を起こしてベッドに寝かしつけた。
「もう眠くない……おれ、たくさん、寝た……」
くそっ、舌までうまく回らない。
どうしちまったんだ、おれの身体は。
「酷ですが、はっきり言います。今のあなたにできることは何もありません」
視界がぐにゃりと歪む。
ちくしょう、なんでだ。
なんでおれはいつも、こんなに弱いんだ!?
「イッ……チ、は、どうした……?」
「イッチさんはジーニャさんと一緒にゼイルー先生のサポートに向かいました。ああ、そうそう、イッチさんから伝言がありました。ええと……」
スピネは懐からメモを取り出すと、こほん、と小さく咳払いした。
「では読み上げます。“マーブルは無事だけど、何やら様子がおかしい。一人で最上階フロアに上がってしまった。後を追いかけたいけど、最上階フロアまで行く道がない。この学校の空間を操るゼイルー先生に頼めば何とかなるみたいだけど、ロードヴィって奴がゼイルー先生を狙っているらしい。何人かの生徒がゼイルー先生を守っているらしいから、俺とジーニャは助太刀しようと思う。俺がマーブルを必ず連れ帰るから、それまでそこで休んでてくれ”……以上です」
おれはベッドから飛び出した。
「あっ、また!無茶ですよ」
そんなことわかってる。今は無茶をしなきゃいけない時なんだ。
――咆哮。自身から発せられたと思えないほどの。
おれは魔力を高め続ける。
あの化け物の体内にいた記憶は残っている。
魔力の集中と放出。あの感覚は自分の身体にも刻まれていると、おれ自身が信じることにした。
わ、とスピネがぽそりと呟いた。
「すごい。浮いてる」
「ぬぅううう……!」
電磁浮遊。
体内で高めた雷の魔力を、わずかに放出して、留める。少しでも気を緩めたら、弾けて消えてしまいそうだ。
――でも、行ける!もう少し練習すればそれなりに動けそうだ。足が動かなくても、この状態なら移動できる。
「イッチがどこに向かったのか教えてくれ。おれはそこに行かなくちゃいけない!」