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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第百十五話 鼓舞

 ジーニャに案内されたその部屋、魔法薬学実験室には煙が充満していた。見るからに身体に悪そうな濁った色の煙だったが、不思議と嫌な匂いはしない。それどころか、鼻通りが良くなったような……。

「ふう……」

 温泉に入った時のようなリラックスした表情でジーニャが腰を下ろした。

 急にどうしたと俺が怪訝そうな顔をしたので、ああそうか、とジーニャが何か気付いたように手のひらをこちらに向けてきた。

「魔力がない君にはわからないよね。この部屋に充満しているお香を吸い込むと、魔力が徐々に回復していくんだ」

「お香?この紫色の煙が?」

 紫色、というのもかなりオブラートに包んだ表現だ。実際にはもっと、ゾンビの顔色のような、何かが腐っているような色だ。毒ガスと言われた方がしっくりくる。

「その子の魔力もだんだん戻ってくるはずだ」

 俺は近くのソファにそっとデンをおろした。

「でも色が違う。魔力が回復するお香は人食い花の葉っぱの色だったけど、このお香はヘドイモの根の色をしているだろう。つまり別の効力のお香を混ぜ合わせているんだ。こんなことができるのはスピネさんくらいだ」

 一人で話を進めるジーニャだが、その表情が次第に明るくなっていく。彼女がもっとも信頼できるという魔法使いスピネがこの部屋にいるらしい。

「でもこの部屋、人の気配が全然――」

 しない、と言いかけた時、突然目の前に人が現れた。

「こんにちは」

「うおぉっ!びっくりした」

 俺と同じくらいの背丈の女の子だ。宝石のような淡い緑色の髪は、大きな三つ編みが腰まで届く長さだ。大きな瞳にはきれいなエメラルドグリーンが混じっていて、耳はかすかに尖っている。なんとも神秘的な雰囲気だ。

「魔法薬学コース高等科のスピネと申します。あなたがイッチさんですね」

「は、はい。どうも」

「あなたたちが戦っている様子はすべて見ていました。モコロカさんたちを止めてくれてありがとうございます。ジーニャさんも、本当にお疲れ様でした」

 ジーニャは照れ笑いをしながら頭を下げる。スピネさんのことが本当に好きなんだな。

「あの、スピネさん。ミブリンはどこに行ったんですか?」

「新しいお香に必要な素材を取りに行ってもらいました。ちょうどあなたたちとは入れ違いでしたね。校内には依然多くのドールズが徘徊していますが、彼女なら問題ないでしょう。新しいお香ができたら、ドールズを正常に戻すことができるかもしれません」

「ドールズ?」

「洗脳されている生徒たちのこと。”傀儡人形”っていう精神操作系の魔法があるんだ」

 俺の疑問符を素早く片付けてくれたジーニャが軽く首を傾げた。

「でもモコロカやメロオみたいにある程度強い魔力を持っていたら通じないはずだけど……」

「ロードヴィ先生……いえ、ロードヴィの仕業です」

 スピネさんが断言する。

「ロードヴィほどではありませんが、私も眼を飛ばすことができます。校内中を観察して、ようやく見つけました。ロードヴィは今、ゼイルー先生を攻撃しようとしています」

 ええっ、とジーニャが声を上げた。

「そりゃマジでやばいですね」

「ゼイルー先生……そうだ、俺、ペインから言われてたんだ。ゼイルーに会いに行けって。理由までは聞かされなかったけど……」

「この学校……というより、この空間を作ったのがゼイルー先生だからです。先生の魔力なら生徒全員を安全に逃がすことができます」

「……そういうことだったのか」

 合点がいきながらも、少し複雑な気持ちだった。やはり俺とデンはマーブルを守る戦力として見なされていないのだ。

「もし校内が何者かの襲撃に遭った場合、真っ先に守らなくてはならないのは逃走手段に長けたゼイルー先生と、回復魔法のスペシャリストである私です。そのことは校則にも記載されているんですよ」

「じゃあ俺たちの怪我を治してくれるのか?」

「もちろんです」

 にこり、とスピネさんが可憐に微笑んだ。

「ありがたい!早速お願いします」

 思わずグッと拳を握った。体力さえ戻ればマーブルの後を追える。

 今のマーブルはわけがわからないほど強くなったけど、なんだか不安定というか、心配で仕方ない。

 一刻も早く、合流しないと。

「お願いするのは私の方です。あなたたちには酷ですが、今ここで全快してもらって、戦いに行ってもらわなければなりません」

「戦い……って、誰と?」

「ロードヴィです。今、ベリルさんとアイハラさんがゼイルー先生を守ってくれています。でも長くは保たない。あなたたち三人には加勢をお願いしたいです」

 一瞬、無言の間が訪れた。静寂を破ったのはジーニャだった。

「無茶ですよ。ベリルさんたちはめちゃ強いけど、ロードヴィには勝てない。あたしたち三人が加勢に行ったって、あんまり意味ない……どころか、洗脳されて逆に敵側の戦力になっちゃったりして……」

「もちろん、策があります。イッチさん。オーガから渡されたもの、今こそ使いましょう」

 俺とジーニャが顔を見合わせると、スピネさんが俺たちの肩を抱いた。

「大丈夫。私もついていますから。きっと勝てますよ。ね?」

 心が安らぐ落ち着いた声。ほのかに漂ってくる優しい香り。

「ス、スピネさんがそう言うなら……へへっ」

 言ったのはジーニャだが、一言一句違わず同じことを俺も思っていた。

 俺とジーニャはわけもなく勇気が沸いてきた。

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