第百十一話 描く者、放つ
無数に飛び交う火の玉を黒縄の棍棒で振り払う。
「くっ、しつこいヤロー・ダ!“フレアボール・マックス”!」
火の玉がモコロカの人差し指に灯ると、周辺の火の玉を次々と吸い込んで大きな火球となった。
「くらえ!」
火球がこちらに迫る。人間一人がすっぽり入りそうな大きさだ。でも、あまり速くないし、このくらいの大きさなら打ち返せる。たぶん。
「ハ!わ・ざ・わ・ざ、遅く撃ったんだ・ゼ!“エア・スワロ”!」
モコロカが銃のように突き立てた指を振り上げると、火球は空へ舞い上がった。
どういうつもりだ?と、火球を目で追ったのがまずかった。
モコロカの狙いは俺の視線を逸らすことだった。
「“デンジ・ショット”」
電撃が一直線に走った瞬間、全身に激しい電流が巡った。
「ぐぎっ!!……くぅ~!!」
何度も浴びせられた激痛だ。簡単には慣れない。でも、俺はもうこのくらいじゃ倒れない。
「一瞬、意識が飛んだだろ。それで充分だ。こっちが本命だからな!“フレア・ブラスト”!」
打ち上げられた火球が落ちてきて俺を飲み込んだ。
「~~あぁっちぃぃぃ!!」
燃える!!焼ける!!
「や……やっと、終わった・ゼ……」
炎に包まれながらも、モコロカがその場にへたり込むのが見えた。となれば、俺のやることは一つしかない。
「んなっ!?」
何油断してんだよ。まだ勝負は終わってないだろ。
俺はモコロカに抱きついた。
「うおおおおおっ!!」
「へ、へ……」
ようやく一矢報いた思いだ。
こいつは飛び道具ばかり使って、全然俺の間合いに近付いてくれなかった。どこかで接近戦に持ち込まなければ俺に勝機はない。まさか火だるまで突っ込むことになるとは思わなかったけど。
「ク……クレイジー、だ・ゼ……“エア・ゼロ”!」
悲鳴のような呪文が俺とモコロカを包む炎を一瞬で消した。
「ふう……助かった、ぜ……」
モコロカの口調を真似てみたけど、息も絶え絶えで喋るのも億劫だ。
「なんてヤローだ……道連れ覚悟かヨ……」
「あ、ちち……ちくしょう。あちこちヤケドだらけじゃねえか……」
全身が焼ける激痛に耐えながら立ち上がった。棍棒をモコロカに向ける。
「まだやるか……?」
と言いながらも、心の中では懇願していた。頼むからやらないでくれ、そのまま寝そべっていてくれと。
ものすごく強がっているが、俺はもう即入院レベルだろ。ほんのちょっと身体を動かすだけでも灼けつく激痛が走る。
「へ・へ……ギブ・ア~ップ……」
モコロカは両手を上げたまま天を仰いだ。
「……俺は、だけどな」
不穏な一言を残してモコロカは気を失った。
ジーニャの方はどうしているだろう。相手はメロオとかいったか。
唐突に、モコロカが倒れている床に魔法陣が浮かび上がった。モコロカは気絶したまま宙に浮かぶと、何かに吸い込まれるように宙を移動した。
「モコロカ!?」
咄嗟に呼びかけてもまるで反応がない。モコロカの移動した、いや、移動させられた後を追うと、ジーニャとメロオが戦っていた。
戦況は――メロオが召喚したらしい怪物が二体、倒されていた。残るはメロオとデンを吸収していたダルマのような怪物か。
片や、ジーニャはオーガの背に乗っている。ジーニャは額から血が滴っている。ケガをしたってことは、バリアが通じない相手なのか?
「ふうん。モコロカはやっぱり負けちゃったか」
メロオは俺の方を一瞥すると、ため息混じりに呟いた。
「油断するなってあれほど言ったのに。ま、いいけど。おかげで良いパーツが手に入ったよ」
宙に浮かぶモコロカの身体は、ダルマの怪物に吸い込まれていった。
「ハハハ。こいつはいい。これで炎・水・風・雷・土の五属性を兼ね備えた魔物が誕生した。後はジーニャ。君のバリアをもらうよ」
「ふん。あんたなんかには私のバリアはもったいないよ」
「ハハ。バリアをコピーされるのが怖いからって、バリア無しで挑もうなんて無茶だよ」
そういうことか。合点がいった。迂闊にバリアを展開していたら、あの化け物にバリアの魔力を吸収されるおそれがあるんだ。ジーニャはそのリスクに気付いたからこそバリアを展開しなかったんだ。
「それに君のような足手纏いをかばうオーガが哀れだよ。そのせいで彼は充分に実力を発揮できていないじゃないか。そして」
メロオは目線を向けないままこちらを指差した。
「探す手間が省けた。二人まとめて始末しよう」
「やってみろよ」
「なんでそう強がる?君は重傷、歩くのもやっとのはずだ」
オーガの背に乗ったジーニャが何か囁くと、オーガがこちらへ近付いてきた。
「ひどいヤケド。“ヒリケア”」
ジーニャがこちらへ手をかざすと、ヤケドの痛みがすっと消えた。
「おお!回復魔法か、ありがとう!」
「痛みを一時的に消しただけ。後でちゃんとした回復魔法使える人に診てもらわないと死ぬよ」
「そうか。でもありがとう、今はそれでいい」
まだ戦いは終わっていない。俺は黒縄の棍棒を構えると――
ぼろっ、と音が聞こえるような、崩れ方だった。棍棒は柄の部分だけを残し、本身はバラバラに砕け散ってしまった。
「い!」
「お……お、お!」
オーガがあんぐりと口を開ける。俺も同じ顔をしていた。
「ゆ……唯一の攻撃手段が……」
「ハハハ。最後に面白いものを見せてくれてありがとう。それじゃ」
ダルマの怪物が口を開けると、まばゆい光線が放出された。
俺は目の前で両手をクロスさせ、防御体制を取った。
………………
……あれ。衝撃がない?
俺はそっと目を開けた。
目の前には、黒髪の少女――マーブルが立っていた。
「今、何をした……」
メロオが独り言のように呟く。
「消失した?ありえない。五属性の魔力を完璧なエネルギー配分で抽出した破壊光線だぞ。消失なんてありえない。ありえない!!」
ダルマが再び開口し、エネルギーを集中させる。
「マーブル……?」
自分のポケットをまさぐるが、セーフシェルがない。
マーブルは俺の方を振り返ると、拳をそっと突き出した。何かを握っているようだ。俺はマーブルの拳の下に両手を添えると、マーブルは拳を開いた。俺の両手に何か金属の欠片のようなものが落ちてくる。
――違う。これはセーフシェル!?
俺はマーブルの顔を見上げると、マーブルは口角を上げた。未だかつて見たことがない、ぞっとするほど冷たい笑みだった。
「今度こそ消え――」
メロオを言い終えるよりも前に。マーブルはダルマの方を向いて、手をかざした。
「うるさい」
それは、猫が壁に爪を立てるような動作に似ていた。
開いた手を、第一関節だけ折り曲げるようにして、空中に爪を立て、降ろす。
俺の目にはマーブルが宙を切り裂いているようにも見えた。
実際、ダルマの怪物は斜めに切り裂かれていた。
「ふふ。ふふふふ」
マーブルがこちらを振り向き、白い歯を見せて笑う。
こちらに発射されるはずの光線はあられもない方向へ飛び出し、爆発した。
爆発を背に笑う少女は、天使のようにも悪魔のようにも見えた。