第百七話 黒い鎧
モコロカはドレッド頭を振り回しながら地団駄を踏んだ。
「ジ~ニャ~!何のマネ・ダ!オレたちの邪魔をするつもりか・ヨ!」
「そりゃあね。まんまと敵に洗脳されたのは君たちの方だし、イッチくんたちがいじめられているところを見るのもいい気分じゃないし」
ね、とジーニャはこちらに視線を向ける。茶髪を指でくるくるさせながら余裕の笑みを浮かべている。
「洗脳?やっぱりこいつら、操られているのか?」
「センノー?意味分からねー・ゼ!」
「モコロカ、敵の戯言だ。聞かない方がいいよ」
本人たちには自覚がないらしい。当然と言えば当然か。
「俺たちが敵だと思い込まされてるってことか?」
「どういうわけかね。この二人だけじゃない、私が見てきた限りでは四十人くらいはこんな調子だった。今校内のあちこちで正常組と洗脳組がバトってる。こっちの方が断然優勢だけど、洗脳組はだんだん増えてきているみたいだ。誰に何のために洗脳されているのかは今のところ謎」
ジーニャのおかげでだいぶ状況が掴めてきた。でも原因が分からない。これもペインを襲撃したクロキたちの仕業なのか?
「一体なんでこんなことが……ジーニャはどうして無事だったんだ?」
「んー、簡単に言うと、バリアが張れたから。防御魔法に長けた人じゃないと敵に操られるみたいだね。詳しく説明してあげたいけど、そこまでの暇はなさそうだ」
「ホウ・ホウ・ホ~ウ」
モコロカが変なビートを刻みながらにじり寄る。
「いつまでくっちゃべってん・ダ!そろそろいく・ゼ~」
「モコロカ、君はそのまま犬房をやってくれ。君の技はジーニャのバリアとは相性が悪い。ジーニャは僕が殺す」
メロオはそう言うと両方の手を合わせた。モコロカは嬉しそうに踊り出す。
「あらら。ずいぶんな物言いだね。つい数日前までは私と目も合わせられなかったくせに」
「ガマガル、充電」
ジーニャの挑発を無視して、メロオはダルマの怪物に指示を出した。ガマガル。それがデンを捕捉している怪物の名前らしい。確かに、巨大なガマガエルに見えなくもない。
「多重召喚――ヌリカベ。ツバキメ」
メロオの背後に、二体の怪物が出現する。ヌリカベはさっき俺の攻撃を吸収した奴だ。もう一体のツバキメという奴は、細長く立つ木に絡まったミイラの女のような怪物だ。
バチバチと音を立てながら、目に見えるほど強烈な電撃がガマガルの全身を巡る。デンがやっていたのと同じように。
あの電撃はデンのものだ。腹に捕まえているデンの魔力を使っているのは明らかだった。
洗脳されているとは言え、ここまで好き勝手やってくれると頭に血が上る。
「大丈夫だよ」
横にいる俺の怒りを察してか、ジーニャはたしなめるように言った。
「デンは私が助ける。君はあのドレッド野郎に集中して」
「でもジーニャの相手は四人だ。せめてあの怪物のうち二体は俺がやらないと」
「それも含めて大丈夫」
「……分かった。あんな奴、すぐに倒してやる」
「意気込みはいいけど、油断しないで。火、雷、風の三属性の魔法を使う器用な奴だ。ふざけちゃいるけど実力は本物、大会準優勝者だしね」
「俺とデンが試合に出れなかったからだ」
「わお。大した自信だね」
「自信もつくさ。だって、あいつよりジーニャの方が強いでしょ?」
俺に魔力の強さを測る術はない。でも、相手の動き方を見れば多少のことはわかる。
ふふっ、とジーニャは無邪気に笑った。
「わかってるじゃん。何も心配しなくて良さそうだね。じゃあ、頑張って」
「ジーニャもな」
その言葉を合図に、俺はモコロカに詰め寄った。
ポケットにしまい込んだセーフシェルの中のマーブルがどんな状態でいるのかなんて、考えもしなかった。
一方、最上階フロアは激しく震えていた。
「なんと凄まじい魔力か……」
そう発したのはペインではなく、闇の戦士だ。
クロキとボアーラ、二人の人間は闇の魔力によって融合し、まったく異なる一個の存在として確立していた。その風貌に二人の面影はなく、全身が黒い鎧で覆われているようだった。
ペインは静かに魔力を解放し始めた。自身が力を制御している状態では勝てない。魔力を全解放すれば生徒や教員に危害が及ぶ可能性が増すが、この敵はここで確実に仕留めなければならない。ここで取り逃がせば何人もの犠牲者が出る。そう確信した。
「魔力値……418900。これほどとは期待以上だ……賢者の平均値はおろか、私の魔力をも遥かに超えている……やはり貴殿は素晴らしい逸材だ……」
「いい加減、素顔を見せたらどうだ。闇大帝よ」
ペインの言葉に反応を示すかのように、かすかに頭部の鎧が動いた。