第百三話 強襲する猛者たち
白い柱が視界を覆い隠そうとした直前、おれは弾かれるように部屋を飛び出した。ドアからではなく窓からだ。ドア側にはペインが立っていたが、天井を突き破って現れた白い柱は正確にペインの位置をとらえ、その姿を一瞬で光に包んだ。
窓ガラスはおれが突撃する直前にヒビが入った。白い柱のせいだろう。とてつもなく洗練された魔力だ。おれは触れただけで死ぬと確信した。
敵はクロキ副校長。ペインがそう言っていた。
一体何が起きている。考える余裕もなく、おれは足を動かし続ける。
それにしてもイッチ……あの大バカ野郎!
なんで逃げなかったんだ。
勝ち目なんか微塵もない。そんなことがわからない奴じゃないと思っていたが、本当にどこかおかしくなっちまったんじゃないか。
マーブルはペインが守っているから、おれたちが側にいる意味なんかない。かえって足手纏いになるだけだろうが。
この学校で、いやこの街で一番強いのは間違いなくペインだ。賢者サンドラよりもペインの方が強いんじゃないか?そんな奴がマーブルを守っている。これ以上の安心はないだろうに、あいつときたら。
おれたちにできることはない。どう考えたって逃げるしかない。ないのに。
「ぐ……」
必死に動かしていた足が、止まる。
あいつはマーブルのいない場所には逃げない。おれひとりで逃げて……その先どうする。
あいつらと一緒に行動するのがおれの目的だ。それがオサの言いつけ。
しかし……いくらオサの言いつけでも、今回ばかりは無理だ。おれは死ねない、オサたちを助けるまでは何が何でも生き延びないと。たとえ、あいつらを見捨ててでも――いや、違う!おれが見捨てたわけじゃない。あいつが逃げなかっただけだ。勝てない相手からは逃げる以外にない。生きる目的があるならなおさらだ。
どう考えたっておれは間違ってないぞ。絶対に正しい。
閃光の異名を持つという副校長クロキ。そしてもう一人……クロキと同じくらいバカでかい魔力を持った奴が近くにいる。それも敵意に満ちた魔力だ。
この二人……認めたくはないが、オサよりも強い。そんな奴らにどう立ち向かえというんだ。
マーブルのことはペインに任せときゃいいんだ。
いやしかし……。
「~~くそっ!くそっ!あのバカ犬野郎!!」
自分の牙をぶち折りかねないほど強く歯噛みして、おれはせっかく進んだ道に背を向けて走り出した。
ちくしょう。あいつと行動しているとおれまでどんどんバカになっていくぜ。
世界の終わりのような光景だ。
天空から白い光の柱が何本も降り注ぐ。それらはあらゆる角度から現れ、完全にペインの姿を覆い隠していた。
キンッ
鼓膜を劈くような鋭い音と共に、何かがとてつもない速さでペインの頭上を通り過ぎる。
あれは人影――?
「雑魚は消えなさい」
すぐ耳元で声が聞こえたかと思うと、バチンッと電流が走ったような鋭い音がした。
後ろを振り返ると、白いローブに身を包んだ女が立ち上がろうとしていた。
「やはり無傷ですか。さすがはペイン理事長」
そう言うと女は邪悪な薄ら笑いを浮かべた。その視線の先には光の柱に包まれたはずのペインが空中に浮かんでいた。
「非常に残念です。クロキ副校長ともあろうお方がこのような暴挙に出るとは」
ペインの落ち着き払った言葉とは裏腹に、俺は戦慄していた。
……俺は、死んでいた。あの女の攻撃をペインが防いでくれていなかったら、間違いなく俺は死んでいた。おそらく、攻撃を受けたと気付きもしないまま。ただ何かが光ったようにしか見えなかった。
まさかここまでの力の差があるとは……。
「あなたもだ、ボアーラ教授。それで隠れているつもりか。出てきたまえ」
ペインの問いかけに反応するように、クロキの影が波打った。そこから現れたのは、魔法技能大会の開会の挨拶をしていた教授。ボアーラだ。
「この魔法をあなたに披露した覚えはないのだがね。初見で看破とは恐れ入る。クロキ先生、やはりこのお方に不意打ちは不可能らしい」
「ええ。もともと期待はしていませんでしたがね」
「副校長に魔法専攻科長……一体どういうつもりですか。まさか二人で組めば私を倒せるなどと思っていいないでしょうね」
「もちろん、勝機があってのことですよ。この時のために我々は牙を研いできたのです。準備はいいですね、ボアーラさん」
「無論です――かあぁっ」
ボアーラの雄叫びに呼応するように激しい火柱が上がった。しかし、次の瞬間には火柱は霧散し、ボアーラは激しく地面に叩きつけられた。
「茶番はいい。お前たちを操っている者はどこにいる」
「な、何のことだ……」
ボアーラが立ち上がろうとした時、ペインが手をかざすとボアーラは再び地面に叩きつけられた。初撃よりも更に深く、強い衝撃だった。
「質問を変える。アティスとは何者だ。なぜ死んだあの子の名を名乗っている」