とりあえずビームで解決しようとする悪役令嬢
「レイ・ソーラ侯爵令嬢! 貴様との婚約は今この時をもって破棄する!」
由緒あるボンドドルニッチ魔法学園の卒業式も終わり、卒業生への送別式を兼ねたダンスパーティで突然の大声が響いた。
声の主はチャン・ウーゲィ・ミヤタ第三王子。ここ神聖ミヤタ国家社会主義人民共和王国の第八位王位継承者である。
彼はダンスホール中央のお立ち台に立って、隣に過剰な装飾をした少女と背後に怒りの表情を浮かべる四人の少年を侍らせていた。
彼が指差している方向からやや外れた場所に私――レイ・ソーラがいる事にも気付かず高笑う姿に溜め息が出てしまう。
元々は百年に一人と言われるほどに希少な光魔法の資質があるということで結ばれた王子との婚約だ。正直、婚約を破棄できるのであれば諸手をあげて賛成したい。公の場で愛人を携えこんな発言をする王子だ。見てくれだけはいいが、余計な事をしないだけ帽子掛けの方が王子よりもはるかに優秀だと言える。
好感など一切ないので婚約関係がなくなるのはいいが、私の有責になるのだけは避けたい。背後のお供が輪唱のようにタイミングをずらしてのダンスを披露しているのをバックに私の悪評を無い事無い事まき散らしているのをいいかげんに止めねばなるまい。ああ面倒だ。
「卑劣にもレイ・ソーラ侯爵令嬢は我が愛しのタムシンにプレゼントした宝石をいつの間にか売却しており――」
「王子、先程から聞いていましたが、私がそこのタムシン・アフォラビ男爵令嬢にくだらない嫌がらせをする理由とはなんでしょう。私は貴方達とは違って忙しいのですが」
警備の衛兵なり、運営側の教師や生徒会が馬鹿どもを片付けるのを待っていたが動きそうもないので、私が王子の妄言を遮ることにする。この場には無能しかいないのか。
「それは貴様が真の光の聖女である愛しのタムシンに嫉妬しているからであろう! 俺からの愛が与えられぬからといって犯罪に手を染めるとは愚かな奴よ」
「嫉妬されるほど自分が愛されてると思ってるんですか気持ち悪い」
思わず本音が出てしまったが、まともに婚約者の役目も果たせないくせに自分が愛されてると思っているナルシストなんて気持ち悪いから私は悪くない。
「ぐっ、な、なら、タムシンの才能に対する嫉妬であろう! 貴様よりもはるかに優れた光魔法の才でッ教会にも聖女として認められているのだからな!」
聖女? 確かに教会には聖女の任命権はあるが、別に光魔法に関係するわけではなし、そもそも男爵令嬢には魔力が……ああ、背景で踊っているうちの一人は大司教の息子だったか。親の力を頼ったか、無断で任命したかのどちらかだろうな。
「で? アフォラビ男爵令嬢にはどれほどの魔法が使えるんですか?」
「ふふふ。タムシンは傷を癒す魔法や病気の治癒ができるのだ! 人を救う、これこそ聖なる力の証明であり、我が妃として将来の王妃となるにふさわしい魔法よ!」
なにそれこわい。
「王子、火魔法とは炎を生み出し物を燃やすことができます。水魔法なら飲み水を出したり雨を降らせたり……」
「ええい! そんなことは知っている! 何が言いたいのだ貴様!」
「光が治癒の力だというのならば、昼日中の路上に病人を放置すれば完治するのでしょうか? あるいは夜になれば古傷が開くとでも?」
いくら光魔法が珍しいといっても、あまりに無知な王子達に溜め息がこぼれてしまう。これは、魔法を実演し教育する場面であろうか。
「違います。光魔法とはこういう力なのです」
頭上に人差し指を掲げ、魔力を集中させつつ軽く円を描く。
「ふはははは! 何かと思えば、指を光らせただけではないか! その程度の魔法な……ど……」
殿下が馬鹿笑いをしている途中で、ホールの四方の壁面に亀裂が走った瞬間、音を立てながら壁が滑り落ち天井に隠されていた青空が露わになる。
光を束ねた光線で、どんな鋭利な剣よりも鋭く物体を切り裂くことができる私の得意魔法の一つだ。
「ば、化物め! 切れ、こいつを切ってしまえ!」
王子の悲鳴に近い叫びに応えたのは王子の取り巻きの一人である騎士団長の息子と、仕事もせずに突っ立っていただけの衛兵のうち約半分ほど。
彼らは腰の剣に手を伸ばしていくが、私が何もせずに抜剣を許すとでも思っているのだろうか。
「ぎゃあう」「ひぎぃ」「マンマーっ!」
剣に触れようとした手の親指と小指を空からの光線が焼切る。
痛みに耐えた数人も残された指の握力では剣を抜くこともできずに絶望した顔を浮かべている。
「タムシン、指を治してくれよ! 俺の指が、マンマからもらった俺の指がぁー!」
「無理よ! そんな傷治せるわけないじゃない!」
ああ、傷を癒せるといっても焼切れた指を繋ぐことはできないのか。
しかし、あの連中は普通の声量で話すことができないのだろうか。いちいち騒ぎ立てるせいで耳が疲れる。
「さて、王子。婚約の破棄は私とて願う事です。この件は私からも父に話しておきましょう」
これ以上馬鹿に付き合うのも辟易するだけなので、最低限の見栄えだけ取り繕った礼をして退散するとしよう。今日は疲れたので早く帰りたいのだ。
だというのに、まだ何も理解できていない馬鹿がまた騒ぎ出すとは思いもしなかった。
「き、貴様! ここまでの事をして許されるとでも思っているのか! 俺が父上に言えば公爵家など終わりなのだぞ!」
「許されますよ。だって私、強いので」
当たり前だ。光魔法とそれを使いこなす莫大な魔力、この二つを備えた私が敵対しないようにするための婚約だったのだから。
上位の継承権も与えられない無能な王子と希少な光魔法使い、どちらを優先するかは既に国王陛下に直接聞いている。
もし、その時の話と違えるのであれば――
「光に消える王国というのも素敵かもしれませんね」
日光には消毒作用があったりビタミンDを精製することができますし、光合成や光回復という効果もあります。
そのうえ吸血鬼や柱の男も殺せるので光=回復というイメージは間違ったことではありません。