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終乃刻  作者: コトノハ
4/14

1.OOO 01

「――っだぁああああああああああ!?」


 悲鳴を上げて跳び起きる。そしてから慌てて顔面に触れる。人は一日三千回くらい顔面に触れるらしい。何の話だ。と、とりあえず眼はあるし、脳も潰れていない。

 ああクソ、思い出しちまった。一月前の悪夢のような高崎家の事件。家が巻き込まれる可能性があったにせよ、病葉発症者と関わろうなんて思ってはならない、いい教訓になった。まあ最悪の事を考えると関わらないわけにもいかなかったし、うん……。


「おはよう、時邦。起きたの?」

「――」


 順序可笑しくねぇ? そう尋ねることも出来ずに息をのむ。部屋の中にはうつしがいた。おかしいな、家の鍵を開けた覚えは無いんだけど。

 赫利うつし。年齢不詳の綺麗なお姉さん。パッと見て年齢は二十歳を超えている感じ。長身で、真っ黒で長い髪の毛を腰元まで伸ばし、美しい笑顔を浮かべていた。男なら誰であろうとも可憐な顔立ちに頭をぶん殴られる。細く、繊細な体をしているが、立ち姿は余りにもまっすぐで、武道でもやっていたのかと思うほどだ。優しく笑い、なにかをお願いするだけで、世の中の半分の男は付き従うだろう。

 だが現状を考えろ。鍵をかけていた家の中に勝手に入り込んで、なぜか俺の寝室で座って本を読んでいる。ハッキリ言って三流ホラーのそれだ。気色悪くないと思う危篤な連中は性別を逆転して考えろ。相手がどんなイケメンでも先ず警察を呼ぶ。


「……なんでここにいるんだ赫利さん」

「うつしって呼んでくれていいのに。鍵、開いていましたよ、不用心」


 ふふ、と美しく笑う赫利さん。世の男の半分を自棄にする笑顔。それを見て俺は顔を歪めた。

 確実に鍵は閉めたわ。爺ちゃんが居なくなって以来、鍵の管理については徹底してる。この家には俺しか住んでないんだ。そりゃ鍵の管理くらい徹底する。どっから入ってきたんだろうな。


「食事、出来てるけど、食べる?」

「メシ……」


 時間を確認する。8月6日、17時53分。

 夏は陽が長いが、それも少しずつ落ち始めている。確かに、そろそろ食事の時間だ。うつしの食事は信用が置ける。別に変なものなどは入っていない。それに何より美味しいのがありがたかった。彼女が居なかったら三食コンビニ弁当だっただろう。爺ちゃんも食事作るのは苦手だったっけ。

 自分で作ろうとした時期もあるが、出来てもトーストとホットサンド、それにカップ麺や素麺が精々。後は米は焚けたか。包丁では指を切ったし、フライパンで火傷した。火加減も上手くいかなくて肉は生焼けみたいな状況だった。慣れるまで根気は続かず、結局料理は諦めた。

 うつしは少なくとも家事は万能だ。とはいえ頼り切りになるのも気色が悪い。そもそも勝手に家に入り込んでる時点でヤバい相手なのは間違いない。だが問題は俺と彼女が顔見知りで、少なくとも警察に積極的に動いてもらえる状況にはないという事だ。

 彼女と出会ったのは1月の初頭。凪原の病葉発症に巻き込まれていたところを俺が助けた。同時に、彼女には滅茶苦茶助けられた。そのこと自体には感謝している。だがその後俺の家に入り浸るのはどういうことなのか。さっぱり理解できない。


「今日は夏野菜のカレーです」

「……食べます」


 にっこりと笑ううつし。カレーか、誘惑には逆らえない。腹も減っているのは確かだ。変な時間に昼寝しちまったな。ああ、クソ、汗がべたつく。

 俺の家は二階建て。一階と二階、両方にトイレがある。爺ちゃんは一階で暮らしていたが、トイレが長い人だった。まあ爺ちゃんだからってのもあったが、基本、俺は二階でトイレを使っていた。一階は基本的にだだっ広い。風呂以外にはキッチンがあり、後は広い空間だけだ。プライベートな居住区は二階にしかない。とはいえ爺ちゃんは基本的に一階で暮らしていた。理由は単純で、足が上がらなくなっていたからだ。

 一階に既にカレーは準備されていた。野菜がたっぷり入ったカレー。肉は少量。香辛料の香りが食欲を誘う。席について手を合わせて――。


「いただきます」


 うつしが挨拶をする。カレー。そうえいば、高崎邸にもあったな、カレー。腐ってたけど。思い出してちょっと気色が悪い。とはいえ今出される料理には特に関係が無いのでいただく。

 ……。

 そういや俺、あんとき死んでなかったっけ? 目と脳を潰された覚えがあるんだが。余計なものを思い出して味が解らなくなる。


「なぁ、赫利さん」

「何?」

「いや、病葉発症者が俺の目を潰してきた覚えがあってさ――」

「……ああ、高崎邸の一件夢に見てたんだ? それで寝言が面白かったんだ」


 クスクス笑う赫利うつし。人の寝言聞いて喜んでるのキモイ、とか思う前に恐怖する。いつから家に不法侵入してたんだコイツ。


「ん? ていうか、アンタも来てたのか」

「時邦の家に行こうとしたら丁度出てきてたの。どこに行くのかなーって思って、後をつけてみたのよ。えへへ、探偵見たいでしょう? 気が付いていなかったみたいだけど」


 はた目から見れば果てしなく怪しい上に、俺にとってはめちゃめちゃに迷惑。ストーカーだろクソ。ただしこれ以上ないくらいの美貌があるおかげでそうは見えない。しかも相手が俺。贔屓目に見ても、偶然後ろを歩いていると考えるだろう。

 幼少のころ酷い事故に巻き込まれたせいで、俺は全身に火傷の跡が残っている。そのころの記憶はもう朧気だが、体の事情はリセットされない。上は左頬から、下に向かって足先まで。多分かなり炙られたんだろう。よく生き残ったものだと思う。父と母は助からなかった。


「いや、まあそれはいいや。つーかアンタ覚えてんのか、高崎某」

「高崎信也だったかな。クラスメイトだよ、君。うん、覚えてる。一応彼は病葉発症者という事で監獄行き」


 そりゃそうだろう。病葉発症者は全員基本、監獄行きだ。只両親を殺しておいてその程度かとも思う。ああ、でも未成年だったっけ。ならまあそんなものなのか。それに、今後のことを考えるのなら決して楽観できる状況ではない。

 因みに監獄というのは愛称だ。実際には病院である。林倉ニュータウンにある、監獄じみた病院。俺は知り合い誰もいないんで行こうとも思わないんで、詳しくは知らない。


「ああ、それで俺あんとき死んでなかった?」

「それは見てないなぁ。私が見たの、君が彼に殴りかかって片目を潰したところだけだよ」


 そっちの方は俺が覚えていない。夢では目を潰されてそれで終わりだった。

 新患部は眼だった。目を合わせた相手の視界を奪う、のみならず、その眼と繋がる部位を潰すというもの。どうやったらあんな屈折した病葉が発症するのか解らない。最も、そんな凶悪な発症への対価がなにかは考えたくない。

 そもそも病葉発症者なんてものに関わる方が間違っている。最初に巻き込まれた時にそれは痛感している筈だったのに、家が巻き込まれるからと自ら足を突っ込んだ。救いようが無いのは、これで三度目だという事だ。

 一度目は完全に巻き込まれて。二度目はなし崩し的に。そして三度目の前回は……なし崩しだな。うん、そう考えよう。

 関わるべきではなかった。そもそも異界化自体が然程の広域に広がっていなかった。放っておいても三、四日で全て終わっていただろう。家が巻き込まれる畏れはあったが、最終的に関わったのは俺の意思だ。

 いつかの夜。二度と関わるまいと誓った病葉という名の感染症に。

今週までは何とか頑張ります。ちょっと長くなりました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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