前章 高崎邸回顧録 03
――高崎信也と目が合った。
「げ――」
発症してる高崎は柔らかそうなベッドの上で膝を抱えてこちらを見ていた。そんでもって目が合った瞬間に視界を奪われた。クソ、こっちを見るなってそういう事か……! 完全に視界を奪われ、手足元に何があるかも見えない。混乱から足がフラつき、なにかデカいものに足をぶつけて、思わず倒れ込んだ。
基本、人は視界に頼って立っている。何一つ覚悟なく、いきなり奪われれば混乱からぶっ倒れる。受け身も取れなかった。痛みがあんまり無かったのは落ちた先が硬くて柔らかいクッションだったからだ。
「ああクソ、やっぱり化け物じゃないかお前の顔、糸久ァ……! なんだよ、俺はなんでお前と一緒に居ても全然解らなかったんだよ……!」
会話しようってんなら先ず視界を返せ。部屋の中に何があるかも解らないから、立ち上がるのもままならない。
「なんだよ俺が何したってんだよ、なあ父さん、俺は兄貴程頭は良くないけどさ、なぁそれでも頑張って頑張って頑張って……!」
やっぱラリってんなぁ。手をつくとなんか妙に柔らかいような、硬いものに手をつく。
……正体に感づいて顔を歪める。うわ、人間の体だなコレ。高崎の言葉からして多分父親の遺体だろう。少なくとも思い切り手をついたのに反応は無いし、後体には温度が感じられない。今年の夏は暑いし腐るのも早いだろうな……。
病葉の発症自体は間違いない。新患部は眼。目が合った相手の視界を強制的に奪い去るというところか。いや、もっと不味いかもしんない。そういえば一階の女性の眼は潰れてなくなってなかった?
何が原因かなんか知りもしないが、病葉が発症して他人の目を潰して事故が起きた。その上で彼は追い詰められてしまった。結果として起きてしまったこの異界化。ここにあるのが父親の死体だとするのならば、一体何を思ってここに死体を運んだのやら。
幸いなことにこれ以上の被害は拡がることは無いかもしれない。あ、いや、警官が戻らないから3,4日の内には誰か来るかもしれないか。とはいえ異界化はそこまで拡がらないだろうから、彼が餓死して全部終わるだろう。俺も一緒に死ぬ事以外は大体ハッピーエンドだ。
「E判定なのはそうだったけど俺が悪いわけじゃない、悪いわけじゃないんだ……! 失敗したのは確かにそうかもしれないけど、そこまで言わなくたっていいと思わねぇか!? 兄貴のようになれないんだなんて、そりゃ兄貴は優秀だったけど俺は……俺だって……」
誰かが来たことでなんか箍でも外れたのか、高崎の口からは延々と言葉が漏れる。こっちを見るな、こっちを見るなってのも合間に挟まれていた。
E判定ってなんかの模試か? 最近結果の出た模試とかあったっけ。6月辺りにやった気もするが、それか? クソ、眼が痛い。あ、これ、まさか潰そうとしてるのか。クソ、ちょっと待てマジで痛くなってきた……!
「笑うな、笑うなよ、こっちを見るな、こっちを見るなよ! そりゃ確かにちょっと間違えたけどさ、もう夏だけどまだ時間あるじゃないか、3時間しか寝てないよ、ちゃんと勉強だってする……!」
高崎の言葉と共に眼がどんどん痛くなっていく。待て、待て落ち着け。なに勝手に追い詰められて被害広げてんだ。高崎親父、コイツに何言ったんだ。それとも別の誰かか? まあ他の誰かが言ってたら両親とんでもないとばっちり。
「頑張って勉強して勉強して勉強して……! なのに結果が出なくちゃダメなのかよ。そりゃ兄さんはもっと凄い結果を出し続けたけどさ……! くそ、兄貴、兄貴はいいよなぁ。何でもできる、家族の自慢だ……俺は俺は、俺は……俺をそんな眼で見ないでくれ、頑張ってるんだ、もうこれ以上無いってくらいにさぁ!」
高崎が散々喚きたてるたびに眼球が痛くなる。眼球が繋がった先まで一緒に潰されそうだ。ああ、そういやなんかプリンみたいなのが階段にくっついていたっけ。眼から一緒に零れたのか。
「頑張って、頑張って頑張って頑張って……見るな、俺を見るな、もう誰もここに来るな、来る奴全員死ねばいい……」
過激な思想になってんじゃねぇ! このまま異界化広がったらマジでどうしようもねぇだろ!
そうしている間にも眼はどんどんと痛くなっていく。水風船が割れる音が内側で響き、片目が潰れた。のたうち回って悲鳴を上げるが基本的に相手には聞こえていない。
「クソ、クソクソクソ、そりゃ確かに俺が悪いのかもしれないけど……兄貴は優秀だったよ、凄い人だよ。俺は……育てられた恩はあるけど勝手に産んでおいて育てておいて、予想通りの結果を出せないと邪魔者扱いかよ……ひでぇよ……俺が悪いのかな、なぁ、だったら俺を育てた人にも原因あるよな。だからさ、やっぱりその二人が死んだのって俺のせいじゃねぇよ……」
支離滅裂だし何言ってるかいまいちわかんねぇしこちとら激痛で狂いそうだ。大体その二人が死んだのはお前のせいだ。
けれど何を言えることもなく、俺の眼が潰れ、眼に繋がれていた脳が潰れ――。
軽い音を立てて扉が開く。眼が潰れた三つの死体を眺めてその人物は笑った。そう、一人で来たんだ。素直に頼ればいいのに。
膝を抱えている少年と目が合う。視界が暗くなる。厄介な新患部。喪われたのは鼻、そして信頼。臭いは光と音と違って遮断するのが難しい。彼はそれを失うことで、目の前の光景から目を逸らし、音を聞かないように耳を塞ぐ。信頼を失った彼は、そうして自らの世界に閉じこもった。
光のなくなった世界でゆっくりとしゃがみ込み、その人物は眼を失った時邦に触れた。
意識を無くした肉体が立ち上がる。潰れた瞳から液体が零れ落ちる。
おはよう、時邦。よく眠ってたね。それじゃあ起きて、ちゃんと家まで帰りましょう。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
当たり前のように死にます。




