王
不思議な女だった。
こいつの印象は最初っから最後までその一言で説明できてしまうほどにしか、こいつについて知っていることなどなかったし、
結局何を望んでいたのかもわからなかった。
私が知っているのは、他の女を構うとイヤそうな顔をするくせに、構ってやると迷惑そうな顔をするということくらいだ。
もっともこいつは、上手く感情を隠しているつもりだったようだが、はたから見れば誰でもわかるほど表情に出ていた。
そんな彼女を私は私なりに大切にしているつもりだった。
だからまさかアイリスが国家転覆を謀り、王であり夫である私を毒殺しようとするとは思っていなかったのだ。
幸か不幸か言い逃れしようのない証拠がすぐに出てきたため逃亡を許すことはなかったが、あろうことか彼女は私の毒殺未遂事件で使われた毒物を飲み自害したのだ。
正直言って信じられなかった。いくら本心が見えにくかったとしてもそんなことをできてしまう人とかれこれ婚約してから5年間も連れ添っていたなんて、自分がそんなに見る目がないとは思えないし、そんな人と王族の婚約がなされるわけがないからだ。
その場に居合わせた上位の貴族たちも私も動揺を隠せなかった。
そう、隠す必要がなかったのだ。むしろ私は悲劇なことに信じていた妻に裏切られ、ショックすぎて呆然としているはずなのだから。
最もこの場にいるものは皆私の忠実な配下なため、何も偽る必要ないのだから。
そろそろ、いいだろう。もう、この事件をきっかけに私を王座から引きずり落とそうとするものはこの王座の間にはいないのだから。
そう思ったら笑いがこみ上げて止まらなくなってきた。
.........ふ ふふ ふはははははは!!! あぁ愉快愉快。今日はなんていい日なんだ。
ようやく邪魔なこいつを葬り去ることができた!!こいつが私を毒殺?私がショックで動揺を隠せない?
ハッ!そんなことあるわけがない!!
アイリスはいつもいつも私に無礼な態度ばかり取って、何を考えているかわからぬ不気味なやつだった。
だが、特に愛している人もいないし、こいつは家柄も申し分ない。
何より国家財政が落ち込み気味な今、それを補ってあまりあるほどの財産を持った実力も兼ね備えた家の娘だったのだ。
王家に取り込まない方がおかしいくらいには好条件な女だった。
だからと言って私も愛してもない女なんかと一生を添い遂げる気なんてない。
要はこいつの持っている金さえ手に入れればいいのだから。
婚約をしてからずっとどうやって殺そうか考えていた。
なんせ妃という立場は私に叶わないほどにしてもそこそこに権力がある。
できれば誰もが罰されても仕方ないと思えるような悪役、せめて不慮の事故として殺さなくてはいけなかった。
それでようやく巡ってきたこのチャンス。これを活用しないなどあり得ないくらいの好機。
実際に誰かが私を毒殺しようとしたのは確かだ。真犯人がこいつではないことも。
なぜなら私の命を救ったのはこいつだったからだ。
いち早く毒に気がついたこいつは、そのことを訴えても誰も信じず、私がその料理に口をつけようとすると、私からその料理を奪い取りぶちまけたのだ。
あまりにも”高貴な人”とは
かけ離れた行動に周りがざわつくのもお構いなしに、何事もなかったかのように食事を再開した。
その後私は兵士を使いこいつを取り押さえ毒を飲ませたのだが。
建前上は毒物を口に含んだ瞬間気づいた私は料理を吐き出し、毒殺に失敗したとわかったこいつは自ら毒を飲んだということになっている。
まぁ、最後までよくわからぬ不気味な女だったな。
でも最後の最後まで、死体となった今でもその顔に浮かんでいる微笑みは今までに見たことがないほど美しかった。