ランフォスとシルヴェストル(ランフォス視点)
「……ランフォス様。軽率な行動は慎んでください。顔を出すなと言ったではないですか」
「はいはい。相変わらずシルヴェストルは頭が固いねぇ」
眉間に一生取れなくなりそうな皺を寄せてお説教に入りそうなシルヴェストルに、俺は軽く返事をしてからへらりと笑ってみせた。
シルヴェストルは頭は固いが有能な男だ。
……しかし大切な妹のことになると猪突猛進に周りのことが見えなくなり、その有能さは霧散してしまう。
病で亡くなった両親の忘れ形見であり唯一の家族なのだから、大事に思う気持ちは理解できるのだが……
「そもそもが、君が生臭神官に頼ったのが原因でしょう? あんな物音がすれば気になってしまう」
――『女神教』は現状では『敵』ではない。
けれど俺の『正体』が彼らにバレたら、確実に面倒事にはなっていた。
何世代も前から『王家』との力のバランスを変えたいと願っている『女神教』にとって、俺は喉から手が出るほどに欲しい駒だ。そんな彼らの前に姿を現すなんて、軽率なことをしたと自分でも思ってはいるけれど……
昔からの友人とその妹が心配だったのだから、仕方ないじゃないか。
「それは、その……。今では、バカをやったと思っています」
「女神教のやつらは口が上手いからね。上手く丸め込まれたんだろう? それはまぁ、仕方ないと思うけれど」
「……う」
「良かったね。全財産を巻き上げられずに済んで」
「…………はい」
シルヴェストルは一言答えてから黙り込むと、情けなく眉尻を下げた。
「……ファルコ様」
久しぶりに呼ばれたその名に、俺は顔を顰めた。人払いをしているとはいえ、口にするのは危険な名だ。
それは一年前――兄に殺されそうになったあの日に、捨てた名前。
この国の『王弟』という立場とともに捨てた名前だ。
今の俺はただの『ランフォス』で、シルヴェストルのように信用できる者たちを頼りに国中を転々としているだけの男である。
自分がどうするべきなのか――それもわからぬままに。
「その名では呼ばないでくれないか。誰が聞いているかわからない」
「はっ。申し訳ありません」
「それで、なに?」
用件をわかっていつつも、訊ねてみる。
するとシルヴェストルは真剣な瞳をこちらに向けた。
「王都にお帰りになる気はないのですか? ランフォス様」
「……難しいことを言うね、シルヴェストル」
「正しいものを、正しい位置へ。それは難しいことかもしれませんがやるべきことです」
シルヴェストルは彼の父が亡くなり、その後を継ぐまでは王宮で仕官していた。
彼の父が『王弟派』だったのでその流れでシルヴェストルは俺に仕えることになり……交流を経て俺たちは友人になった。
その頃からシルヴェストルは、俺のことを買い被っている。
「俺の気持ちはひとまず置いておくとして。今はタイミングが最悪なのはわかっているだろう? 民衆の支持は自分たちを救ってくれる『聖女』を喚んだ、兄と甥へとどんどん傾くだろうからね」
暴君である兄は民衆から嫌われている。甥はその傀儡で、悪い方向へと影響されてしまい……兄のミニチュア版になりつつあった。
そんな彼らでも『聖女』を喚んだことにより、支持は回復に向かうだろう。
――その民衆が縋る『聖女』は、本物ではなく『残り滓』なわけだが。
俺は民衆が平和に暮らせるのであれば、誰が『王』でも構わないと思っていた。けれど……
肺に溜まった重たい空気を、ふっと吐く。
異世界から女性を拉致し、時には甘言を弄し、時には『首輪』で縛り付けて、自分たちが濁らせた神気の浄化をさせる。
そんな慣習が『正しい』わけがないんだよな。
それを『聖女召喚』の被害者であるニーナちゃんを間近に見ていて、しみじみと思う。そしてその現実から目を逸していたことにも気づかされた。
……この国の平和は、この国の者の手によってもたらされるべきなのだ。
「……ニーナちゃんを隣国に送り届けてから、難しいことは考えるかな」
兄や甥のやったことの罪滅ぼし……というつもりはないけれど。彼女を自分の持てる力で守り、安全なところにたどり着くのを見届けたい。
その後に。この国のことをどうするかを考えねば。
「その。ニーナとかいう異国の女は何者なのですか?あの力は一体……」
「俺の命の恩人……それだけだよ」
厳しい顔を作って『それ以上はなにも問うな』と言外に匂わせる。
するとシルヴェストルは、たちまち苦い顔になった。




